家事介護サービス

年齢や家族構成などに関係なく、日常生活に必要な家事と介護のサービスを行なっています。介護保険の対応もあります。

 日常生活でお困りになっている家事と介護のサービスを提供しています。高齢者のケアはもちろん、赤ちゃんやお子さんの世話、食事作り、掃除、洗濯、買い物、見守り、散歩・病院の付き添い。そして介護保険及び障害福祉サービス対応のケアまで、サービスが充実しています。
 ワーカーズコレクティブのメンバーはお互いさまの気持ちを大切にし、自分たちが受けたいと思うケアを提供したいと思っています。組合員同士のたすけあいを基本に、地域にたすけあいの輪を広めています。
 利用をご希望の方は、下記のお近くのワーカーズコレクティブにお問い合わせください。

所在地と利用案内

■利用料金 組合員  時間内 1時間 1,200円(税込1,296円)
     時間外 1時間 1,500円(税込1,620円)
非組合員 時間内 1時間 1,920円(税込2,073円)
     時間外 1時間 2,400円(税込2,592円)
※介護保険利用の場合は法定料金
■利用時間 月〜金曜日 9時〜17時
(時間外・土・日・祝祭日の利用はご相談ください)
介護保
険対応
障害福祉
サービス対応
子育て
支援対応
行政区 W.Co名 連絡先
港北区 W.Coいずみ 電話 045-566-0203
神奈川区 W.Co絆 電話 045-534-7960
保土ヶ谷区 W.Coゆいまある 電話 045-331-8441
南区 W.Coさざん 電話 045-721-2556
緑区 W.Coエプロン・
みどり
電話 045-511-8861
青葉区 W.Coここあ 電話 045-985-2748
都筑区 W.Coはあと準備会 電話 045-943-3593
栄区 W.Coいこい 電話 045-895-2114
金沢区 W.Coりぼん 電話 045-782-2433
磯子区 W.Coおひさま 電話 045-753-2942
港南区 W.Coぴいす 電話 045-845-7896
戸塚区 W.Coゆかり 電話 045 -869-3673
  旭区 W.Coエプロン・みどり 電話 045-511-8861
幸区・中原区(一部) W.Coあやとり 電話 044-533-7781
高津区 W.Coほほえみ 電話 044-870-0082
宮前区 W.Coさんさん 電話 044-852-7747
多摩区 W.Co栞(しおり) 電話 044-922-5585
麻生区 W.Coにじ 電話 044-981-3114
鎌倉市 W.Coであい 電話 0467-48-6933
逗子市・葉山町 W.Coよつ葉 電話 046-872-3414
藤沢市 W.Coえんじょい 電話 0466-81-3442
厚木市 W.Coみんなの手 電話 046-226-1580
相模原市南区 W.Coあいわ 電話 042-705-4485
茅ヶ崎市
(一部)
W.Coえんじょい 電話 0466-81-3442

※ 港北区、神奈川区、緑区、栄区、港南区、戸塚区、川崎市多摩区、鎌倉市、
藤沢市では別途子育て支援W.Coが子育て支援を行います。

利用者の声

「ゆいまある」(保土ヶ谷区)の利用者より

 7年前、「ゆいまある」のお話を聞き、組合員加入しました。
 10年前に大腸がんの手術をし、翌年夫を亡くしていましたので体調が不安で、月に1回の掃除をお願いしていました。その後自立はしていましたが、リュウマチと、加齢により足腰が弱ってきましたので、今年9月から、介護認定を受けて制度サービスの利用もお願いしています。頼りにしていますので、今後ともよろしくお願いします。(2017.11)

「ゆかり」(戸塚区)の利用者より

 バスの中で目の前が真っ暗になり救急車で搬送されました。その後、脳梗塞の手術・手足麻痺のリハビリを受けて自宅に戻り、その後W.Co「ゆかり」のサービスを受けるようになりました。メンバーには買い物など外出援助の他におしゃべりも聞いていただき、メンバーの訪問を楽しみにしています。また、移動サービスや理美容など福祉クラブの他サービスも利用し始め、お花見や食事会の参加もしています。身体で動かないところもありますが、自宅で暮らし続けられているのは、福祉クラブのサービスのおかげだと思っています。
(2017.8)

「ぴいす」(港南区)の利用者より

 足の手術で入院し、退院してきたのが夏でした。お盆の時期に家事のお手伝いを頼みたく、地域ケアプラザに相談したところW.Co「ぴいす」を紹介していただきました。現在週2回来ていただき、いろいろな生活支援をしていただいていますが、とても満足しています。また福祉クラブの食材も利用していますが、ヘルパーさんに感想を話したりお勧めを聞いたりして楽しく利用しています。これからもよろしくお願いします。(2017.5)

「絆」(神奈川区)の利用者より

 若年性アルツハイマー診断後12年目の夫(64歳)を、火曜日から土曜日までの週5日、町田市にあるデイサービスまでの送迎をサポートしていただいております。
 利用しているデイサービスは、認知症になっても働ける(洗車、講演会書記など)事業所です。絆ガイドヘルパーの方には、質の高い対話で応援してくださることで、認知症の本人の希望である就労と社会貢献、また介護している家族の就労をダブルで支えてくださって本当に感謝しております。(2017.5)

「あいわ」(相模原市)の利用者より

 以前のケアマネジャーさんから紹介されて、2013年2月からお世話になっております。
 自分が障がい者で、夫と二人暮らしのため、家事援助、清拭、ペットの世話をお願いしています。ケアは大変丁寧で、かゆいところに手が届く感じです。長い付き合いなので、ついおしゃべりに夢中になってしまうこともあります。
 ペットは亀を飼っていますが、水替えをしてもらって、甲羅を拭いてもうらこともあります。亀の名前は亀吉ですが、水替えの後はとてもうれしそうです。
 食材もいろいろとあり、手作り惣菜もおいしいので頼んでいます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。(2016.11)

「あやとり」(川崎市幸区)の利用者より

 2009年12月に乳がんの手術をし、退院してきたときに地域包括支援センターのケアマネジャーさんから、「あやとり」さんを紹介していただきました。その後、介護認定の申請を経て契約させていただきました。掃除が大変だったので、本当に助かっています。そして、福祉クラブ生協にも加入し消費材は「肉」「刺身」「野菜」と間違いないと思って購入しています。一人暮らしなので、「あやとり」さんを頼りにしており、この先も心配ないと思っています。
(2016.11)

「あやとり」(川崎市幸区)の利用者より

 福祉クラブ生協に加入したのは10年位前でした。その前に生活クラブ生協に加入していたため、消費材の品質の確かさは知っていました。
 当時、私自身体調が悪く主人の食事が不安に思っていました。そんな時、ポストに福祉クラブ生協のチラシが入っており、直ぐに加入を決めました。その後、困ったときには、福祉クラブを頼りにし、主人の葬儀、突然の目まい、また昨年秋の骨折後の介護保険の申請等お世話になっています。特に昨年暮れに病院から自宅に戻るときは、生活全般が不安でした。その時、私を優しく受け止めてくださって、さまざまな支援から、精神的にも支えてくださり感謝の気持ちでいっぱいです。(2016.11)

「ほほえみ」(川崎市高津区)の利用者より

 区役所への3度目の電話で出逢ったのが、家事介護W.Co「ほほえみ」です。
 関西で1人目を出産した後に利用したシルバー人材センターでは、希望する時間になかなか利用できない状況でした。2人目の出産の後、川崎に引越し、2人育児はとても自分にはできそうにないと、区に一度目の電話をしてサービス手続きをしました。4ヵ月後に改めて電話をし、ヘルパー先を紹介してもらい利用が始まりました。息子は1歳を迎え、このままあと1年くらいこの生活を続けていき、お姉ちゃんが小学生になれば落ち着くと思った矢先にヘルパー先の大幅な値上げとなり、区に3度目の電話をしました。「今のヘルパーさんには助けられているが、この料金では自分の希望する時間の半分ほどしか利用できない」という私に、区の保健師さんは、「家事介護W.Coほほえみというのがあるので問合せてみてはいかがでしょう?」との話を受け、W.Co「ほほえみ」のサービスを受けることになりました。
 いつも1時間半のサービスを受けた後はお家が片付いただけでなく、ヘルパーさんから育児の先輩だからこそ聞ける経験談などのお話しをして、気分転換になり心が軽くなります。夫と私の実家が遠方なことをいくら嘆いたか分からない私ですが、案外身内の人ではないからこそ素直に聞けるのかもしれません。
 W.Co「ほほえみ」のヘルパーさんから聞いた「私たちが将来利用することになっても使いやすい料金にしておきたい」とのお話に納得すると同時に、私の経験でいつか人の役に立つことができたらと、前向きな気持ちになりました。(2016.8)

「エプロン・みどり」(横浜市緑区)の利用者より

 私どもがW.Co「エプロン・みどり」にお世話になって14年目になります。
 当初は、娘の通学支援としてコミオプを紹介していただき、その後は余暇支援、通所支援へとサービス利用が広がっていきました。緊急的にケアが必要になった際は、何度も時間外利用をさせていただきました。
 福祉クラブの消費材を取っていたこともあり、利用当初から「家族」のような感覚でした。何でも相談ができ、慣れない場面ではお互いに考え合いながら、いつも娘にとって一番望ましい方法はどういったものか模索していただいたことはとても有難かったです。親は、どうしても子どものことを思って手を出し過ぎますが、ヘルパーさんはいつも一歩引いて、娘の決めたことに寄り添っていただいています。
 最近では、自分の仕事に自信が出てきた様子で、ヘルパーさんに仕事の話をしています。「あの娘がなぁ〜」と驚いています。
 この長いお付き合いの中で、国の支援の形態も変わってきています。本人が何をしたいのか? それには、どんな方法があるのか? まさに、私たちが今まで寄り添ってきていただいたことの姿が見えてきています。どうぞ、これからも末永くよろしくお願いいたします。(2016.8)

「いずみ」(横浜市港北区)の利用者より

 私の両親は、2001年から「ほっと」の配食とヘ「いずみ」のヘルパーさんの支援を受け始めました。2003年に母が亡くなった後、数年間父は一人住まいでしたが、2005年から私が同居を始めました。それ以来父は週1回のデイサービスを、「ほっと」の配食は父と私の分まで毎日お願いしており今日に至っています。
 1年程前まで、なんとか父は独りで身の回りのことはこなせました。この間12年ほど、支援を受けてきたヘルパーさんは4人に及びます。丁度1年前に父は硬膜下血腫を患い自力では立てなくなりました。手術をしてある程度は良くなりましたが、介護で一番困ったのは入浴です。去年の5月から男性のSさん、Kさんに週2回入浴支援をいただくようになりました。これで格段に私の負担が減り非常に助かっています。父もお二人と話すのが非常に楽しみで、また手慣れた力強い男性に入浴介助していただくのは安心感があるようで楽しみにしております。半年前まで週1回のデイサービスでしたが最近は週2回通うようになり、精神的な張りにも繋がっているようです。
 「ほっと」の配食についてですが、父も私も煮魚や焼き魚が苦手で、魚ではなく全てお肉のおかずにしていただくなどわがままを言わせていただき、父は毎日の「ほっと」の配食を楽しみにしており食欲も増進しました。息子の私も60歳の定年退職を迎え、いよいよ老々介護が近づいてきました。これからもケアマネジャーKさんにいろいろと相談をさせていただき、Dayひよしのヘルパーさんたちの支援を受けながら父の介護をしていきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。(2016.5)

「おひさま」(横浜市磯子区)の利用者より

 「おはようございま〜す」
 玄関のドアが開き、おひさまのような満面の笑顔が現れる。月曜の朝、一週間の始まりは爽やかだ。
 この笑顔に何年支えられてきただろう……と振り返る。10年前の癌の手術の直後、せっせと掃除する「おひさま」スタッフの働きぶりをソファーに横たって眺めていたこと、大きな2匹の犬のよだれと抜け毛ですぐに汚れてしまう我が家の床を、文句一つ言わずに黙々と掃除してくれた姿が蘇える。
 「おひさま」を知ったのは、狭心症の発作に不安を感じていた頃だから、「おひさま」とのお付き合いは14、15年になるだろうか。代表だった小倉真知子さんから強く勧められて利用するようになった。NGO活動と英語教室で多忙な毎日を過ごしながら、狭心症に脅かされていた私にとって、「おひさま」は大きな救いだった。
 NGO活動を始めて22年、これまでNGOと英語教室、なんちゃって主婦の3足の草鞋を履き続けることができたのは、「おひさま」のお蔭。心からの感謝を込めて、これからもよろしくお願いします。(2016.5)

「みんなの手」(厚木市)の利用者より

 2年前の転倒、その後退院した時から「みんなの手」の皆さんとのお付き合いが始まりました。その後、入退院を何度か繰り返し、いろいろなことを乗り越えて来ましたが、皆さんが生きる力を与えてくれた、そんな気がします。
 今の健康状態、いつまで維持できるかわかりませんが、ガンバリます。
 いつも見守ってくださる「みんなの手」の皆さん、本当にありがとう。(2016.2)

「にじ」(川崎市麻生区)の利用者より

 「にじ」との出会いは、ちょうど一年前です。週に一度、家事介護サービスを利用しています。「にじ」メンバーの方の来訪は、私の生活リズムの一部となり、福祉クラブ生協のおいしい消費材も利用するようになりました。地域の助け合いが身近にあることは、安心感に繋がります。とても良いシステムだと実感しています。(2016.2)

「よつ葉」(逗子市・葉山町)の利用者より

 両親が遠くに住んでいるため、何か困ったときはいつも「よつ葉」さんを頼りにしています。長男が1歳になったばかりの頃、私が急性腸炎になりました。初めは何の痛みか分からず、すぐに病院にも行けずにいました。翌朝、動けない状態の激痛になり、救急車を呼ぶ前に「よつ葉」さん事務所に電話をしていました。必死で状況を伝えるとすぐに駆けつけてくださいました。その後、緊急入院をすることになりました。
 主人も仕事ですぐに帰宅できず、愛媛県にいる母が来るまでの間、息子の面倒を見てくださった「よつ葉」さんには感謝の気持ちでいっぱいです。「よつ葉」さんに出会うまでは、誰にも頼れず本当に疲れ果てていました。でも今は、
  “何かあればいつでも助けてくださる”
  “何でも相談できる方々がいる”
 それが私の気持ちの余裕になって、安心して子育てをすることができるようになりました。来年はまた新しい家族が増える予定です。これからも「よつ葉」さんにたくさん甘えて、助けていただきながら子育てを楽しみたいと思います。(2015.11)

「さんさん」(川崎市宮前区)の利用者より

 福祉クラブ生協の設立初期から組合員でした。まだ家に子どもたちがいた時は、添加物が入っていない素性の分かっている食材は何よりで、安全で安心して食材の購入できていました。
 自分自身が老齢になった今は、福祉クラブの宅配のお世話になりながら、「さんさん」の家事支援のお世話になっているおかげで、自宅で普通に暮らし続けられることは感謝の限りです。(2015.11)

「であい」(鎌倉市)の利用者より

 サラリーマン時代は、単身赴任生活の経験があり、多少の家事はできましたが、高齢になって独り暮らしが続くと、手が回りきれない。そんな時、福祉クラブに関わっていた妹が「であい」を紹介してくれました。
 週に1回のコミオプに始まって、もうどれ位お世話になったでしょうか? 3年ほど前に人工透析をすることになり、通院日を除いた月・水・金・日の4日間、ワーカーさんに来ていただいています。昼食作りと掃除・洗濯・買物等を日替わりでして頂き、大変有難く思っています。
 今、4人のワーカーさんが来ていますが、「であい」の人は、皆さん同じような考えを持っていて、雰囲気が良い。皆さんのお力をお借りして、一日一日を無事に過ごせることに感謝しております。
(ワーカーより)
 Aさんを通院介助した時のこと、行く先々で看護師さんや事務員さんが、名前を呼び気軽にお話していくのです。穏やかな中にも強い信念をもつ硬派なイメージですが、そのお人柄はどこに行っても人気者です。(2015.8)

「おひさま」(横浜市磯子区)の利用者より

 「おひさま」と出会って6〜7年。ケアの内容はもちろん大満足ですが、1人暮らしの私にとって、ケアに来てくれる「おひさま」メンバーの方との楽しいおしゃべりが、何よりの心の健康をもたらしてくれます。これからもよろしくお付き合いください。(2015.8)

「ゆいまある」(横浜市保土ヶ谷区)の利用者より

 春、木々は芽吹き桜の便りも其処此処、人々は希望に溢れ晴れやかな日々を迎えていることでしょう。しかし、私の体は悲鳴を上げております。
 「ゆいまある」にお世話になって三年余りほゞ毎日両足の包帯、シャワー浴、掃除、買物、庭の草花の手入れと、すべてをお願いしております。
 背柱管側湾症、大腿部脂肪肉腫と手術が続き、後はリハビリと以前の生活に戻れるものと夢見て励んでまいりましたが、その考えは浅はかであったようです。せめて全身の痛みが少しでも和らげることができたらと思って居ります。
 今は「ゆいまある」さんなくては私の生活は成り立たなくなって居ります。
 外に出ることもなく、自分の目で見て物を選ぶこともなく、此の儘衰えて行く淋しさと恐怖感が去来することもございますが出来るだけ朗らかに笑顔でと努めて居ります。これも私の人生ですから。
 ただ、よく認知症にならないものかと? これも「ゆいまある」さんから個性ある方々が日々お出でいただいていることが、私への刺激となっているのかもしれません。これも「ゆいまある」のお陰の様です。これからもこの痛みの癒える迄、お力添え頂くこととなりますのでよろしくお願いいたします。(2015.5)

「えんじょい」(藤沢市)の利用者より

 毎週、福祉クラブから配達される食材の中から1人分の食事を作り、カレンダー表にして退院後の体調管理をしています。
 週2回来てくれる「えんじょい」のワーカーさんと一緒に、冷凍のあさりとベーコンを使ってクラムチャウダーを作ったり、イカ大根や鰯の料理をしたり・・・と、話しをしながらの調理を楽しんでします。お昼用にはホットケーキを一度に沢山焼いてもらい、冷凍して重宝しています。R.K (2015.5)

「絆」(神奈川区)の利用者より

 「絆」を知ったきっかけは、近所に「絆」のワーカーさんがいたからです。そこから加入して、今は週に4日、昼と夕方に調理と清掃で来ていただきとても助かっています。
 食事の用意をする時、一緒にお話をしながら準備するのが楽しみです。寒いこの時期は毎回作って下さる味噌汁で体が温まりありがたいです。(2015.2)

「いこい」(栄区)の利用者より

 Tさんはおひとり暮らし。70歳で退職され、多摩市から親族の住居に近い栄区へ転居されました。その際「私は一人だから、何かあった時のために、支援サービスを受けたほうが良いだろう」と市役所に相談されました。そのころのTさんはまだかくしゃくとされて歩行もスムーズ。「あなたのようにシャンシャン歩ける方に介護サービスは提供できませんから」と、窓口で民間の支援団体を紹介したパンフレットを渡されたことが「いこい」との出会いでした。
 最初はコミオプケアで支援を受けておられたTさんでしたが、その後2度のケガで介護保険サービスへ移行されました。その時に「ワーカー皆、ヘルパーの資格を取得しています。全員でTさんを支えます」というコーディネーターの言葉に力づけられたそうです。
 最近では「若いころ出来ていたことが出来ない。もうすぐ米寿だし(無駄に長生きして辛い思いをするよりは)ぱーっと逝きたい」と気弱なこともおっしゃいます。しかし「いこい」だけでなく、車による外出介助サービス「らら・むーぶ」を上手に利用されて、大好きなお出かけもされています。
 何より、ヘルパーを含む支援者やご近所の方といった回りの人と会っておしゃべりできることが楽しい、たくさんの方に支えられているとおっしゃってくださいます。(2015.2)

「ぴいす」(港南区)の利用者より

 金沢区から、娘さんの暮らす南区の近くの港南区にお引越しされたHさん(88歳)にお話をお聞きしました。
 今までの環境とは違いマンション住まいになり、近所もよく知らないので週に一度のリハビリに通院する以外あまり外出していません。週に一度のお掃除等に「ぴいす」のワーカーが来てくれることが楽しみで待っています。
 加入のきっかけは、娘の家に入った移動サービスW.Coのチラシです。私の家は娘と道路を隔てた港南区になるので、港南区だったら「ぴいす」に連絡してみようということで電話をしました。
 公のサービスのように型にはまったサービスではなく、臨機応変に対応してくれる福祉クラブの自費のサービス(コミオプ)が気に入りました。
 娘が毎朝、我が家に来てペットの犬の散歩をしてくれていますが、週に一度、娘も休めるようにと考えて、犬のお散歩も「ぴいす」の方にお願いしています。
 それから、消費材の配達も利用するようになり、とても便利に使わせてもらっています。食べ物はもちろん、雑貨品や衣類なども気にいっています。
 これからも「ぴいす」の皆さんにたすけてもらいながら、自由なひとり暮らしを続けていきたいです。(2014.10)

「ゆかり」(戸塚区)の利用者より

 私が福祉クラブ生協の会員になる前は、他の生協から20年あまり食材をとっていました。私も年を重ねエネルギーが減っていくのをひしひしと感じられ、昔のようには動けなくなって行くのがストレスになってきました。そこで友人がいぜんからW.Coゆかりに掃除を頼んでいる事を思い出しました。早速、W.Coゆかりに電話し、家事サービスと食材の配達を頼みました。以来、かれこれ10年になりますが、毎週お掃除に来てもらうことによって、私も今はボランティア活動にもっとエネルギーが使えるようになり心にゆとりがもてました。良質な食材も配達してもらえるし、他にも年を重ねて行った時に利用できるサービスがいろいろあるので安心です。
 誰でも年を重ねるごとに生きていく事が大変になります。人に助けてもらう事は恥ではなく、元気で楽しく過ごす為の使い方だと考えれば良いのです。私もその時がきたら安心して自分を委ねようと思っています。お陰様で今現在は時間とエネルギーをうまく使い毎日楽しく生活しています。(2014.10)

「りぼん」(金沢区)の利用者より

 W.Co「りぼん」の皆さんには2010年3月からお世話になり、もう4年経ちました。子どもの頃から病気知らずの私でしたが、5年前思いがけず大病をして2ヵ月の入院を余儀なくされました。
 今まで独り暮らしの母親を気にもしていなかった子どもたちがうろたえて、退院してからどうしようと心配していたようですが、幸いにも外から見て目立った後遺症もなく、やや不自由ながらもひとりで生活をしていましたら、地域のケアプラザの方から、介護サービスを受けたらと勧められました。私は長年民生委員をやっていて、地域の方には、そういうことをお勧めしていたのに、自分の身にそんなことが起こるとは考えたこともなく、思いつきもしませんでした。早速ケアプラザにお願いした結果、要支援2の認定が下り、週1回「りぼん」のお世話を受けることになりました。最初は何だか申し訳ないようでしたが、頭が痛くて、お掃除もしないで何時も横になっていましたので、本当に助かりました。
 今までに何人かのメンバーさんにお会いしましたが、皆さんそれぞれに良い方々で、気持ちよく働いてくださるので、今では来てくださる日を楽しみにしています。
 時には、お料理の話や、旅行の話や、韓流ドラマの俳優さんのお話までして気持ちまで若返っています。男性ヘルパーさんも来て下さるので、そんな時は、力仕事もお願いできます。家事介護支援の有り難さを身にしみて感じております。(2014.5)

「にじ」(麻生区)の利用者より

 我が家では「にじ」に週2日、家の掃除を家事介護サービスとしてお願いしております。私どもは92歳と85歳の老夫婦世帯で要介護認定を受けており、足腰の力も衰え動作も不自由となり、「にじ」の皆さんに家の掃除をして頂きありがたく心から感謝しております。
 おいで頂く「にじ」の方は皆さん明るく細やかな所まで気がつかれ、部屋の掃除とお風呂、トイレまで綺麗にして頂き大変助かっております。
 先日、息子夫婦が来て家の中がとてもキレイだと言っておりました。これも皆さんの効率の良い心のこもった掃除のおかげと思います。今後ともお世話になります。宜しくお願いいたします。(2014.5)

「栞(しおり)」(多摩区)の利用者より

 母はお気に入りのワンピースと大切にしていた帽子をかぶり旅立ちました。「栞」の皆さんに良くしていただき、幸せな一生だったと思っております。「人恋し」の母に寄り添い、励まし、いつも明るく楽しい時間を過ごさせていただき心よりお礼申し上げます。
 “連絡帳”を読み返しながら、「栞」メンバーの温かさや、優しさが改めて心に染みました。「栞」メンバーにお会いすることができたことは、母にとってどんなに喜びであったかと思います。母のような高齢者の心の支えとなってご活躍されますこと、心よりお願い申し上げます。(2014.2)

「いずみ」(港北区)の利用者より

 1年半前右手首骨折でお世話になりまして介護から支援に変わりましたが、今は週に1回お掃除を手伝って頂いております。何時もかわらずにこやかに一生懸命きれいにやってくださり、暑い夏は汗をびっしょりかいてお帰りの際着替えて行くようです。本当に感謝しております。これから先若くなるような訳はなく心配はありますが、「いずみ」さんがあれば安心です。有難う御座います。今後共よろしくお願い申しあげます。(2014.2)

「ほほえみ」(高津区)の利用者より

「いつまでも主婦でありたい」 F.T 様

 4年ほど前に「無理をしなくてもいいよ。電話で話ができるだけで楽しいから」と私に言ってくれていた母が、91歳で他界しました。私が元気な時は、私が中心になって母の所に行っていましたが、腰を悪くしてからは二人の兄が行って買物やらお風呂の見守り等してくれました。母にとって息子との時間は、私が世話をする以上に嬉しかったことと思います。それから、兄たちは3年かけて家の片付けをしてくれました。
 その中に私の小学校の卒業文集があり、中に「将来の夢」という項目がありました。私の記憶では「お母さん」と書いたつもりでしたが「家庭の主婦」と書かれていました。兄には面白いこと書くねと笑われましたが、それが私の原点だったのです。学校でも栄養を学び、結婚しても専業主婦になりました。健康管理、家計管理、食事作りetcと頑張ってきました。専業主婦に誇りも持っていました。ですから、腰の病気で、それができなくなった時、どんなに悲しく辛く思ったことか・・・。そんな心を救ってくださったのが「ほほえみ」のたすけあいでした。最初は食事の準備、洗濯物干し、掃除に買物とそれはそれは大変だったと思います。自分ができなくても、その姿を見ているだけで自分がしている気分になり、私の心も晴れやかになってきました。あれから16年余りお世話になっています。お蔭様で腰も少しは楽になり、主婦も続けられています。たわいないおしゃべりや悩みにも耳を傾けてくださるメンバーの方に、心を明るくしてもらっています。
 そして35年間の結婚生活の半分近くが弱くなった私に対して、ため息ひとつつくことなく隣に寄り添って支えてくれている主人に感謝、感謝です。 

「ほほえみ」から一言
 F.Tさんへ伺い始めたのは、「ほほえみ」が設立して一年目ぐらいだったでしょうか。長い間のご利用にあたり、たくさんの「ほほえみ」のメンバーが伺い、いろいろと学ばせていただきました。少しずつお具合も良くなられているご様子嬉しく思います。これからも週1回のメンバーの訪問ですが、Fさんにとって安らぐひとときでありますように、お手伝いできたらと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。(2013.11)

「あやとり」(幸区)の利用者より

「あやとり」を利用されている方にお話を伺いました。

あやとり:ご縁の始まりはどのようなことでしたか?
Iさん:平成22年6月からスタートです。2月に妻を亡くしてから近所の皆さんが心配してくれて介護保険を申請しました。介護保険に詳しい知人から「あやとり」をすすめられた。また、ケアマネさんも「あやとり」を推薦くださった。
あやとり:これまでで何か印象に残っていることはありますか?
Iさん:親身になってよくやってくれています。
あやとり:最後に、今後の活動の参考にさせていただきたいので何かご要望などがありましたらひとことお願いします。
Iさん:息子には世話になりたくないのでこれからは移動サービスや配食サービスなども利用したい。そのためにもいろいろなサービスをつくってください。
あやとり:本日はご協力ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願い致します。

 Iさんは消費材も利用してくださっています。また、近所の方にも消費材の良さを伝えてくださっているそうです。
(2013.11)

「であい」(鎌倉市)の利用者より

 昔から言い古された言葉で、「終わり良ければすべて良し」があります。
 昨年5月小生が体調を崩し、かかり付け医のすすめで「コア北鎌倉」に直ちに入居しました。身体機能は80才オーバーの老人そのもので、毎日お世話になっております。
 体調が回復した今では、「であい」の買い物、外出を待ち遠しい位待っています。外にヘルパーさんと外出すると、安心感にプラスして世間の雰囲気が味わえる楽しみがこたえられない位楽しいです。少しくらい足が重くても、軽い痛みなんて吹き飛ばして、年甲斐も無く若返った気分になれるのが最高です。
                   コア北鎌倉入居者Oさん(2013.8)

「みんなの手」(厚木市)の利用者より

 今年、我が家では待望の第一子が誕生しました。夫が単身赴任で、週末以外は一人で子育てをしなければならない状況でしたので、生後2週間目から現在、3ヵ月にいたるまで「みんなの手」の皆さんにお世話になっています。
 お願いしたのは、食事調理・掃除・洗濯・ごみ捨て・沐浴の介助です。出産直後、身の回りのことをお願いできたので、病院にいるときのように、子育てに集中することができました。また、子育て経験のあるヘルパーさんに来ていただいたおかげで、沐浴の手順や、子育ての上で気をつけることなど教えていただき本当に助かりました。
 「みんなの手」さんの場合、1時間以降は30分区切りで状況に応じて利用できるのも大変魅力的だと思います。
 「みんなの手」の皆さんには本当に感謝しております。これから育児が楽しくもあり、忙しくなると思いますが、末長くお付き合いさせていただければ、と思います。(2013.8)

「おひさま」(磯子区)の利用者より

 ワーカーさんにお世話になるお話は、子どもが生きている時より度々すすめられては居ましたものの、家の中が乱雑で恥ずかしいと思ふ気分が先に立ち。なかなか受け入れられず来ておりました。でも私が段々高齢になり、子どもも死去して遺品の整理もせねばならなくなりお掃除が大変となって来て、恥ずかしくても助けて頂かなくてはと思ふ様になりました。
 決心して「おひさま」にお願いしましたところ、快くお引き受けくださって今では庭の草抜きや部屋のお掃除をしていただいて私は大変楽になりました。早くお願いして居たら亡くなった子どもも喜んでくれたのにと残念に思います。
 高齢になれば先ず恥ずかしい等と云っていてはいつ迄もお世話になれず、自分自身も大変になるばかりと云う事がよくわかり、今ではもう助けていただけなくなったら大変と思い1週間2時間のご援助が何よりの支えとなり感謝いたして居ります。
 私も無理をせず頑張れるだけは生きていきたいと思って居ります。今後もよろしくお願いします。(2013.5)

「エプロン・みどり」(緑区)の利用者より

 私は70代後半の独居老人です。外出が多く家事や庭の手入れなどを、家族にお願いする様な感覚で「エプロン・みどり」の方に遠慮なくお願いしております。大変助けられております。
 やがて、身体介護になると思うのです。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。(2013.5)

「えんじょい」(藤沢市)の利用者より

 長年えんじょいを利用されている方にお話しを伺いました。

えんじょい:ご縁の始まりはどのようなことでしたか?
Kさん:平成16年、私が手術をして1ヵ月半入院し、その頃主人も病気で 娘が一手にいろいろなことをやってくれていました。それがもう限界ということでどうしようかと困っていた時に、知り合いから紹介してもったのが「えんじょい」でした。それ以来ずっと食事づくりをお願いして、主人の入浴介助も3年くらいしてもらいましたね。
(え):これまでで何か印象に残っていることはありますか?
Kさん:やっぱり、最初に相談した時のことです。その日のうちに来てくれて「ひとまず私が明日から来ます」と言ってくれた時は驚き、本当に感激しました。それから8年になりますが、大雪と地震の2日以外休むこともなく いろんな方にたくさん来ていただいて、本当にどなたもお料理が得意でおいしくいただいています。
(え):もちろん、得意な人を選んでいますよ(笑い)
Kさん:最近はお掃除も入ってもらうようになりました。あの方も我が家流にだいぶ慣れてきて…最初はうるさいことを言ったかもしれないけれど、長いことずっときてほしいと思ってね。(一緒についてやり方を教えてくださっています)
(え):先生、それはリハビリにもなってますね。
Kさん:そう、ずいぶん体の動きが楽になって 動くことが怖くなくなりました。前は痛くて椅子から移動するのも大変だったんですよ。
(え):(小声で)少しお痩せになりましたよね?
Kさん:(小声で)ほんの少しよ。あなたも頑張って痩せたわね?
(え):お互いそういうことにしておきましょう。頑張りましょうね(大笑い)
(え):最後に、今後の活動の参考にさせていただきたいので、何かご要望などひとことお願いします。
Kさん:もう十分やってもらっているので… あなたたちがいなかったらどうなっていたかしらと思うと、本当に感謝しているのよ。これからも生きている限り来ていただきたいわ。
(え):本日はご協力ありがとうございました。これからも末永くよろしくお願いします。

 終始にこやかに「感謝」を口になさるKさんに、「えんじょい」の先輩たちの熱い思いを感じたひとときでした。(2013.2)

「ゆいまある」(保土ヶ谷区)の利用者より

福祉クラブに感謝感謝の毎日です

 福祉クラブ、子育て支援W.Co「ゆいまある」の手助けが頼りで子育てをしている父子家庭の祖父母です。
 孫の父親が朝6時から夜10時から11時と勤務時間が長く、家事一切、学校関係、塾の送り迎えと雑用に追われていますが、「ゆいまある」あってこその毎日です。
 掃除、料理、買い物、今では甘えるだけ甘えて、頼り切って信頼した日々が4年になります。
 ワーカーさんの温かい思いやりが、私の明日に繋がっていることを実感しています。
 皆様のおかげです。ありがとうございます。  一組合員より(2013.2)

「さざん」(南区)の利用者より

 父が脳出血で倒れ、母も末期がんと診断され父の身の回りの世話に手が回らなくなってしまいました。小さい子どもを抱えていたため、当時の私たち家族は精神的にも肉体的にもギリギリのところでなんとか毎日をこなしているといった状況でした。
 母も私たち姉妹も組合員だったので、「さざん」の皆さんやケアマネさんに相談しながらすぐにケアに入ってもらうよう手配をお願いしました。
 現在利用を始めて丸2年が経過し、父は「さざん」のワーカーの方が来る生活にも慣れて穏やかに過ごしています。
 介護に来てくれるワーカーの方が組合員同士ということもあって、顔見知りのワーカーの方が亡くなった母の思い出話をしたりしてくださり、私たち家族は寂しさや辛さを随分和らげていただきました。
 こういうことは他事業所さんでしたらありえないことだったと思います。
 「さざん」のワーカーの皆さんのお食事はとても家庭的でバランスもよく、ベット周りのケアやお掃除もしっかりしてくださり、父は幸せ者だなと大変感謝しております。
これからも家族共々よろしくお願いします。(2012.11)

「よつ葉」(逗子市・葉山町)の利用者より

来た道・行く道

 ふと思い立って資料の整理を始めたら、日記が出てきました。
 家内の入院は昨年の夏でしたが、入院前後の記録を読み返すと、前日は私が朝6時過ぎに目を覚して周囲を見渡した所、家内は隣の部屋の椅子に座っていました。
 ベットに敷いていた防水シートもベットサイドの床も汚れていたのでした。この2〜3ヵ月似たようなことは何度もあって、今日もまた忙しくなると思いましたが、この日は朝と昼過ぎにヘルパーさんが来られていたので何となく片付いたのでした。
 翌日は家内の咳がひどくて、私は朝、目を覚して家内の熱と血圧が高いことを知り、朝来られたヘルパーさんのアドバイスで救急車を頼み病院に直行しました。病院で色々な検査をした結果、2〜3週間入院と診断されました。1ヵ月後に主治医の先生と家族等の合同会議が行われ、私の超老人振りに先生が退院させたらとも倒れになるとお考えになったようで、できるだけ入院を続けるように決められたのでした。
 「来た道」は、私がよろよろと家内の介護をしたのですが、家内の入院をする遥か前から沢山のヘルパーさんの献身的な力添えがあり、近所のデイサービスで楽しく過ごし、入院すると先生の先を見通したご指示や看護師さんたちの親身な看護、リハビリチームの人たちの親切なお世話に全く心を打たれました。振り返れば感謝あるのみです。
 時が流れて、今度は自分が介護を受ける番になってしまいました。家内の辿った「来た道」を参考にしてよたよたと進むしか無いようです。
 「行く道」は、多くの方のサポートで進むことになります。真っ先に心掛けることは、介護してくださる人が気持ち良く仕事をできる環境づくりであると信じています。
 私はすでに週2回ヘルパーさんに来ていただいて、十分にお世話になっています。おかげさまで、食事で悩むことは全く無くなったと言えます。
 生まれて此の方炊事に関わったことの無い私は、ただ感謝あるのみです。この感謝の気持ちを現わすために、台所とその周辺をきれいにしておくこと調理に使う道具をきちんとしておく位しかやれることが無いのが情け無いです。加齢とともに視力が衰え、聴力も無くなって若い人とTVを楽しむことも難しく、膝も腰も痛くて歩くことも大変になりつつあります。「行く道」は険しくなるばかりです。ヘルパーさんを始めとして多くの皆様方のサポートが必要となりそうです。私自身は、遠慮しないでひたすら感謝しながら色々なサポートを受けたいと考えています。(2012.11)

「ここあ」(青葉区)の利用者より

 6年ほど前に手首を骨折して、家事ができないと助けを求めた時にすぐに対応してくださったのが「ここあ」さん。急なお願いでも翌日から来てくださいました。それ以来の長いおつきあいになっていますが、私たち夫婦二人の生活にはなくてはならない存在になっています。現在は2人とも介護保険のお世話になっていますが、引き続きコミオプでも入っていただいています。
 特に調理は、それぞれのワーカーさんの味の個性も楽しみのひとつ。味に少々うるさい主人も市販のお惣菜よりずっと満足しているようです。
 高齢の夫婦の二人暮しは不安なことも多いですが、「ここあ」さんがいてくれると思うだけで安心です。このままずっと自分たちの家で暮らし続けるために、これからもどうぞよろしくお願いします。(2012.8)

「絆」(神奈川区)の利用者より

 絆さんとのおつきあいは10年以上になります。夫婦二人で障害があり、炊事、掃除、買い物をお願いしています。
 安心して頼れる方たちと出会え、毎日感謝して暮らすことができるので何とかもう少し頑張ろうと勇気が湧いてきます。二人では会話も少なくなりますが、皆様との会話で心も和らげます。
 これからもお助け戴きながら、身体を大切に生きて行こうと思いますので、よろしくお願い致します。(2012.8)

「さんさん」(宮前区)の利用者より

 「お手伝いさんを募集しています。お願いする仕事は、お掃除、お買い物、炊事、洗濯、病院の付き添い。ただし犬の好きな方。当方は小型犬を飼育しています。」
 こんな貼り紙をパソコンで作ったのは、もう5年も前のことでしょうか。近くの店の掲示板に貼ってもらおうと思ったのです。当時、妻は病気が重くなり、肝臓癌の手術や、胆のう癌の切除などで、入退院を繰り返していました。看病する立場の私自身も、持病の狭心症に加えて腰痛に悩まされ、眼も悪くなり、どうしていいのか分からなくなっていました。仕方がないので、インターネットで「家政婦」と検索して出てきた会社にサービスを依頼しましたが、サービス料金は2時間が単位で、1時間3,050円。つまり最低6,300円でした。支払いが1日2万円を超えたこともあります。介護を公営化するということは、一方で、その枠にはまらない介護の要請を切り捨てるという意味を持つのだということが分かりました。最後にめぐりあった「さんさん」の暖かい介護に感謝しています。もっと多くの困っている人を助けてください。(2012.5)

「いこい」(栄区)の利用者より

 元気いっぱいだった主人が二年位前八十才近くなった時、突然脊柱間狭窄症とパーキンソン病を発症し歩けなくなってしまいました。私が慣れない介護をしているうちに腰痛になり、圧迫骨折を繰り返す様になってしまいました。ついに家事が出来なくなり、度々ポストにチラシが入っていた福祉クラブ生協さんに電話でお願いしたのが家事介護サービス「いこい」さんとの出会いです。ワーカーさんが二、三人交代で来て下さる様になり、熱心に親切に家事をして下さりとても助かりました。
 初めは介護認定も間に合わずコミオプでお願いしましたが後に認定が決まり行政でお世話になりましたがケアマネージャーさんにいこいのワーカーさんがとても良くやって下さったので引き続きいこいさんでお願いしたいと申し出て受けて頂き現在に至っています。ワーカーの皆さん一様にお元気で明るく楽しそうに家事をこなして下さり手の届かない高い所や普段私が気が付かないところを隅々迄丁寧にきれいにして下さり感激でした。
 一方主人は頑固な性格の上病気で体の自由もきかない為イライラしてワーカーさんにまでやかましく怒ったりするので申し訳なく帰りに玄関で謝ったりしました。ワーカーさんは色々な性格の人に接しているせいか、「慣れているから気にしなくて大丈夫ですよ」と嫌な顔もせず掃除のあとは主人とも世間話をしてくれました。最近は主人も打ち解けてきて余りイライラしなくなり「掃除してもらうと家の中の空気が違って気持ちいいね」等と云うようになり一安心です。又夏には「熱中症に気をつけて度々水分をとって下さいね」とか冬は「風引かない様気をつけてね」とか優しい言葉を掛けてくださり大変ありがたくいこいさんにお願いして本当に良かったと感謝の気持ちでいっぱいです。いろいろありがとうございました。(2012.5)

「あいわ」(相模原市)の利用者より

 子どもたちが生後2ヵ月になった頃から「あいわ」の皆さんにお世話になっています。
 初めての出産で双子だったため不安ばかりでしたが、皆さんに助けられて2人ももうすぐ一歳を迎えることができます。
 核家族化が進む中で、地域に頼ることができる方々がいるということはとても心強いです。
 「あいわ」の皆さんには本当に感謝しています。(2012.2)

「にじ」(麻生区)の利用者より

 年重ね、家事全般、庭作業などに追われるなか、胃がん手術、そのあと室内転倒で部屋の掃除も不自由な折、2010年4月から支援サービス。新たな人々との交わり、支えられた生活、大きなインパクトを受け、春さなか残る余生への挑戦。回春の情が芽ばえた。それは
 1.室内に清涼感が走り、長年閉じた雨戸の開放
 2.煉瓦を主体とした庭づくり、ガーデニング
 3.生活しやすい住居改造・寝室の洋風化、浴室の安全設備など
 4.今までフィールド別に整理した社会福祉関連文献を、明治以降、社会の動きと並列的に対比し、その時系列化をはかったこと。これは、「福祉文化」の視点に立ち、近現代の一端を考える意図からである。

とかく内なる立場から外へと一老いて荘とフェイド・アウト。当年87略。「にじ」の皆さんにお世話になり、感謝いたします。(2011.11)

「ほほえみ」(高津区)の利用者より

 今年、我が家は「ほほえみ」の皆さんに三度目のお世話になっています。
この大震災で郷里のいわき市に独りで住んでいた母親がこちらに避難していたのですが、八十八歳と高齢な上、歩行に難があるため家事がままなりません。話好きの母は皆さんと会うのを楽しんでいるようです。
 あらためて振り返ってみると感慨深いものがあります。今年は亡き妻の十三回忌です。体調を崩して長いこと「ほほえみ」の皆さんの手助けを受けていたのですが、長男の中学卒業と高校受験、二男の小学校卒業と中学入学、長女の小学校入学という子どもたちの一番の晴れ姿を見ずに、その年の寒い一月に駆け抜けるような四十三年の人生を閉じてしまいました。
 多感な年頃の子供を抱え、途方に暮れる暇もなく、二度目の「ほほえみ」の厚意にすがりました。週2回ではありましたが、家事は勿論のこと、随分と私自身も助けられました。その日だけでも「お帰りなさい」と応えてくれる皆さんが居るかと思うと、子供たちが笑顔で元気に「ただいま!」と言う声が浮かんで安心して仕事ができました。
 爾来、長女が高校生2年になる昨年までお世話になりました。母親と接する機会が短かったせいか、皆さんが来る日は半ば待ち遠しくもあったようです。
今でも我が家の食卓は「ヘルパーさんが作った方がおいしい」と言われることがあり、親としてはガックリすると同時に、家族同然に接して頂き、この上なく有難く思っております。
 お蔭さまで、子供たちは困難にぶつかりながら、漸く大人の世界に踏み出そうとしています。沢山の人の支えに感謝し、他人の心の痛さを分かち合える人になってほしいと願っています。 

**「ほほえみ」メンバーからひとこと**

 長い期間「ほほえみ」が、ご家族のお手伝いに伺っていますが、ご家族への愛情をいつも感じます。そして洗濯物をたたんでいる時、大きさの変化や、私たちの背を越えた時等、成長と月日を感じました。最近ではお母様との会話が楽しく、いろんなことを教えていただいています。(2011.11)

「いずみ」(港北区)の利用者より

 「来週もよろしくお願いします」と、お送りした後振り返る我が家の清々しさ、本当にありがたく思います。私が一番体調の悪い時に、娘たちが申し込みをして、通院、お掃除をお願いしています。
人生とは、人との出会いと申します。安心して頼れる方たちに出会えたことを、感謝して居ります。お仕事の後のおしゃべりも心を和らげます。老いと病は仕方なくても、皆様との出会いは大きな、大きな喜びです。
 どうぞこれからも宜しくお願いします。(2011.8)

「栞(しおり)」( 川崎市多摩区)の利用者より

 栞さんとのおつきあいは、かれこれ4年になります。
 認知症の母と障がいを持つ父を抱え、週に何度かヘルパーさんに入ってもらいましたが、仕事はやめざるを得ませんでした。やがて父は手術を繰り返した末、病院で亡くなりました。母の認知症は徐々に進み、骨折を機に自宅療養が厳しくなって、姉妹と相談の上、施設に入りました。
 介護から解放された? いいえ、今も母のことを気にしている自分がいます。極度のストレスから内臓をやられ、心身ともに病んでしまいました。男の一人暮らし。近所に親しい人もいません。一人でいると、家の中が荒んでいくようで気分も落ち込みます。この先、何があるか分かりません。だからこそ誰かと繋がっていたい。
 栞さんに週に一回、掃除に来てもらっています。何気ない会話に、心が安らぎます。(2011.8)

「みんなの手」(厚木市)の利用者より

くも膜下出血、脳内出血、脳梗塞

 昭和55年4月、理由もないのに出勤がいやになり今日は休むと電話しました。そのあと、頭が真っ白になり気を失って県立A病院に3ヶ月入院して、何事もなかったかのようにこの世に戻ってきました。もし、無理をして出勤していたら、この文は書けなかったと思っています。このときの病名は「くも膜下出血」でした。
 昭和60年定年退職となり、酒、夜更かし自由となり気ままな生活を送っていました。平成元年5月に突然トイレの排水ハンドルがわからなくなり、病院へ行き、診察なしで入院となり手術はしないで約3週間の薬事治療とのことでした。前のときは何も後遺症はなかったのですが、今回は計算ができず、字も大小ばらばらになりました。病名は「脳内出血」でした。
 平成19年11月起きようとても起きることが出来ません。A病院、T病院、S病院へ行ったが、原因はわからずでした。S病院で脳梗塞を何度もやっているとのこと。自己判断で脳梗塞の悪い血がバランスを崩しているのだろうと決めました。厚木で一流の病院3軒でわからないなら仕方がないと思いつつ、手押し車や家具につかまっての生活です。3回重い病気をしながら身の回りは自分で出来ることを感謝しています。そして、「みんなの手」の優しい心遣いがあってこそ今日の生活が出来ているので厚く御礼申し上げます。
くも膜下出血のとき、下記のように信じられないことがありました。

 地獄の門 入らんとすれば まだ早いと
       鬼に追われて 現世に戻りき

 (2011.5)

「ゆいまある」(保土ヶ谷区)の利用者より

 7年半ほど前、過労とストレスで家事ができなくなり困っていたところ、友人から「ゆいまある」を紹介されました。昨年から食材も定期的に利用し、冷蔵庫もにぎやかになっています。ワーカーの皆さんが、食育の意識が高く、ていねいな調理と誠実な対応で、いつも本当に感謝しています。人生の先輩としてのアドバイス、経験からのひと言が、うれしいです。ワーカー全員で、情報を共有し、担当が代わっても同じ気配りがあるのも心強いです。(2011.5)

「であい」(鎌倉市)の利用者より

 W.Co「であい」さんとの出会いは、私が3年前膠原病による肺高血になったため、酸素をつけての生活が始まった時からです。酸素の管をどこに行くのも、寝るときまでも引っ張っての毎日ですので、お掃除などすべてができなくなりました。ゆっくりと自分の身の回りのことは辛うじてできるのですが、とても大変でした。
 そうしたところにご縁をいただいて、月に4回ワーカーさんに来ていただくことになり、今ではどんなにか、この日をカレンダーに大きく丸を書いて待ちこがれていますことか。
 気持ちよく、お話やお願いしたことなどもしてくださり、この人たちとの出会いがなければ、私の今の生活はありえないとさえ思って感謝しております。こうした平穏な日々が送れるのは、ワーカーさんのおかげと、これからもこのままお助け戴いて頑張って生きていこうという気持ちにさせていただいています。
 本当にありがとうございます。これから年を重ねていくうちに我がままを申し上げるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。(2011.2)

「えんじょい」(藤沢市)の利用者より

 日本の医学は学術、技術ともに世界で高い位置にあるだろうと思うが、その底辺を支える貴重な人のひとつにヘルパーさんの姿があり、高齢者や医学的弱者を支える人たちである。
 若いヘルパーさんに支えられて散歩中の老友に出会った。実に幸せそうに見えた。そして私も超高齢者ながら、3人の方に助けられて不自由なく楽しく日々を過ごしている。
 この人たちの共通の性情として優しさ、誠実さ、そして勤労意欲がある。それでもそれぞれ性格や、お得意の技術が微妙に違うし、私も同様に彼女たちと少し違うことを発見して楽しい。
 そのきらめきの特徴を頼んで整理整頓や、小さな大工仕事の様なことやら、身の上相談やら身体的な助けやら…私自身の甘えを発見してときどきは反省もしている。
 そういえば派遣する会自体にもそれぞれ特徴があって「えんじょい」さんは間口が広くて、愛情タップリ。私は大好きである。(2011.2)

「よつ葉」(逗子市・葉山町)の利用者より

 妻が軟骨の圧迫骨折で介護保険の適用を受けて1年半経ちました。以来ケアマネジャー「よつ葉」さんの訪問介護でお世話になり、在宅介護が続いています。本人の日常生活は車椅子に頼るのが殆ど。ベッドからトイレや食卓へ移動する以外は、1日の大半は横臥すること。当初は歯が悪いこともあり主食は“おじや”、副食は缶詰の魚や緑黄色野菜の煮ものなど。歯医者に通うなどして間もなく米飯になりましたが。
 そのうちケアマネジャーの提案により車椅子に座る時間を長くするよう工夫がありました。足浴や調理立ち会い等です。“今日は1時間ほど車椅子に座っていましたよ・・”“昔話を聞きました”。これらの話を聞くたびに訪問介護に携わる方々の努力は大変だと痛感します。
 やがて、7月中旬よりケアマネジャー・「よつ葉」・その他お世話になっている方々のお力で、週1回40分間リハビリに理学療法士の方の訪問訓練を受けることができ、1年以上になります。なんとか杖を使って歩けるのが当面の目標です。怪我に苦しむ1老婦人のために、皆さまの道標は即ち私たちの道標でもあります。それは強い筋力の快復と、決して挫折しないこと。
 1年以上、本人は訪問介護にお見えになるのを心待ちしています。何気ない会話から苦しみを飛び出した心の喜びは、傍らにいる私にもよく判ります。
 福祉クラブの持つ力は頼もしいなー、喜びを噛みしめている昨今です。たいへんなお仕事、ありがとうございます。(2010.11)

「ここあ」(青葉区)の利用者より

 急な時間変更等にも対応していただき、いつもありがとうございます。最近ますます気難しくなり、家族が何か言っても聞いていなかったり、説教されているようでイヤと怒ったりが増えています。家族は、いつもいつも丁寧な対応は難しいのが現状です。が、「ここあ」さんには、いつも親切に対応していただき、会話もはずんで楽しそうです。本当に感謝しております。本当に日々の会話が元気の源だと思っています。介護保険制度の中には、提供されるサービスとして含まれていないことなど、制度の使い勝手も訴えていかなければいけないと思います。
 今後ともどうぞ宜しくお願いします。(2010.11)

「エプロン・みどり」(緑区)の利用者より

「家事介護を受ける喜び」
 私共は20年程前にこの長津田に住居を移しました。二人の息子達のそれぞれの家から車で4,50分という事と、駅まで歩ける事が有難い事でした。自分では、まだ若い気持ちでしたが生活クラブの方が福祉クラブの事をすすめて下さいましたのが始まりでお世話になっています。晩年視覚障害者になりました主人は、身体介護を受けさせて頂き、外出時などは楽しく手を引いて頂きました。亡くなる時もお世話になりました。只今は、88歳になりました私の家事介護に月二回訪問して下さり、その日をたのしみにして居ります。高いところや、手のとどかない奥の方を掃除して頂いています。楽しい時間は早くすぎますが、あちこちがきれいになり、楽しい会話に元気が出ます。
 来て下さる方々の顔は、いつも明るく元気を頂きます。感謝。(2010.8)

「さざん」(南区)の利用者より

 頼りにしていた一人娘を亡くして、哀しさよりもこれからどうやって生きていけばいいのか悩み、食欲はなく、夜は眠れずという日々を過ごしていました。区役所で相談すると「このままではウツになってしまう!」と言われ、『さざん』を紹介されました。
 人に来てもらうことは初めてで不安もありましたが、でも想像していた以上に優しくて良くしてくれるので、来てもらうことが楽しみになりました。
 今まで何人かのワーカーさんと出会ったけれど、包容力のある男性的な方は頼もしく、明るくて大きな声の顔を見るだけで明るくなれる方、大らかなのに細やかな面を見せてくれる方、優しくて繊細な神経の持ち主、おとなしくて穏やかだけれどいつも笑顔で気を遣ってくれる方・・・、一人ひとりが、ちがう種類のお花のようです。いろいろな「お花ちゃん」の顔を見ることが生きがいになってきました。今本当に「生きててよかった」と思えます。『さざん』のお花さんたち、ありがとう。(2010.8)

「りぼん」(金沢区)の利用者より

 主人の両親と私の母親と3人の高齢者を抱え、福祉支援の在り方にいつも疑問を感じておりました。介護サービスの現実は「介護事業所や関係機関が主人公」になり、老いを支える本来の支援や介護が蚊帳の外に置かれているという失望感でした。そんな中で試行錯誤をしながらも東京の母親のところに通い、何とか主人の両親を介護し見送りました。
 その後に福祉クラブの支援システムの話を聞く機会があり、「利用者の求めている在宅福祉」を提供してくれることに共感しました。東京で92歳まで健康で頑張ってくれていた私の母親も一人暮らしの限界を感じておりましたので、横浜に転居させるきっかけにもなりました。転居後に早速W.Co「りぼん」さんにお願いし、ワーカーさんに来ていただくようになり、急激の環境の変化にも素早く順応してくれました。
 しかし、一方では娘にいつもそばにいて欲しい願望が強く、ワーカーさんが帰ってしまうと「りぼん」さんに「娘はどこに行っているのでしょうか?」「体調が悪くなったけど娘がいないので」と電話。その度にいつもきめ細かい対応をしていただきました。 
 今までできていたことができなくなり、衰えていく母親を目にして「親の面倒は自分」という意識だけでは乗り越えられない思いもあり、自費対応のコミオプを増やしてもらいました。東京の事業所での4分の1の費用で、経済負担も少ないので助かりました。現在は肺炎から嚥下障害を起こしリハビリで入院中ですが、病院にもコミオプでワーカーさんに来てもらっていますので、母親も楽しみにしています。(2010.5)

「おひさま」(磯子区)の利用者より

Aさん

Q1:「おひさま」を利用するようになったきっかけは?
A1:ポストに入っていたチラシ
Q2:利用しての感想
A2:急な依頼にも臨機応変に対応してもらい、助かっています
Q3:ヘルパーの印象
A3:個性的な人たちが多く、バラエティーに富んでいる。それぞれに良し悪しはありますが、全体的にアットホームな感じで、来ていただくとホットします。

Bさん

Q1:「おひさま」を利用するようになったきっかけは?
A1:ケアマネジャーからの紹介
Q2:利用しての感想
A2:妻のケア依頼でサービスを受け始め、妻が亡くなってからも引き続き自分のためにサービスを受けています。温かい食事を一日一回でも食べられるのがうれしいです。初めのころは休日お願いするのは気の毒と思い遠慮していましたが、「明日は休日ですがどうしますか」と声をかけてくださり、今では楽しみに待っています。
Q3:ヘルパーの印象
A3:それぞれのヘルパーさんが持ち味を活かし、対応してくれます。皆さん明るく、やさしく、話題も豊富で楽しいです。

Cさん

Q1:「おひさま」を利用するようになったきっかけは?
A1:「おひさま」利用者さんからの紹介
Q2:利用しての感想
A2:うれしくて、うれしくて本当に感謝しています。
一つは、息子が利用している2階のトイレ。2階に上がれない私が気になって仕方なかったトイレ掃除を月1〜2回のペースでしてもらい、気持ちの負担が解消されました。
二つ目は、区を越えて同じサービスが使えたことです。周期的に磯子区から金沢区の病院に通院しています。往復は介護タクシーを利用し、院内はずっと決まった人にお願いしていましたが、当日になってその方から「今日はいけません」と連絡が入り困り果てていた時に、「福祉クラブは金沢区にもありますよ」の担当の方の声を思い出し、急遽手配していただいて無事通院ができました。それ以後院内介護は「りぼん」さんにお願いし、安心して通っています。
Q3:ヘルパーの印象
A3:親しみやすく、温かい雰囲気が気持ちをほぐしてくれます。

「にじ」(麻生区)の利用者より

 私たちの生活は「W.Coにじ」なしには考えられないほど、大変お世話になっております。長男の障がいが判明し、その対応方法や療育について学ぶため、療育センターや専門の先生に通うことを始めた時期が、ちょうど長女の誕生と重なっておりました。
 そもそも療育というものがまるで始めての体験で手探りの中、福祉クラブに入会、「にじ」の皆さまのご協力をいただくことになりました。療育センターや専門の先生に通う間、まだ0歳児の長女の保育をしていただきました。
 昨年4月に育児休暇も終わり、職場復帰をした現在、長男・長女の保育園のお迎えを同行していただいております。それだけでなく、障がい者の自立支援のための貴重な情報を多数いただき本当に勉強になりました。私どもの精神的なよりどころと言っても過言ではありません。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。(2010.2)

「絆」(神奈川区)の利用者より

 闘病中の家内の病状が悪化し、家事をこなすことが難しい状態になったため、日常生活が立ち行かなくなりました。
 慌てて家事サービスをしてくださる業者さんをHPで探しましたが、民間の業者さんは、いずこも目が飛び出るほど料金が高く途方にくれていました。そんなときに、たまたま「絆」さんのお名前をみつけ、藁にもすがる思いでお電話したところコーディネーターの方が、すぐに来て我が家の事情を親身に聞いてくださり、そして「大丈夫です。サポートしますよ!」と言ってくださいました。
 そしてその言葉に違わず、その後は週4回のペースで夕食を中心とした家事をするためにワーカーさんが雨の日も風の日もそして台風の日にまでも来てくださっています。また愚息がインフルエンザに罹ったときなどはサポート業務以外にも関わらず、私が帰るまで愚息の傍についていてくださいました。その献身的で誠実なサービスに対して申し訳ないほどの利用料金しかお支払いしておらず、すべての面で感謝の言葉もありません。
 「お金がすべて」という風潮が蔓延する中で、お金のためでなく、「世のため人のために尽くす!」ことを生き甲斐にされている「絆」さんの皆さまとの「きずな」を大切に噛み締めながら、私たちも頑張っていきたいと思います。「絆」の皆さま、どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。(2010.2 Mさん)

「みんなの手」の利用者より

 私が厚木家事介護の「みんなの手」のお世話になったきっかけは、昨年の暮れに自宅で転倒して左手首を骨折し約一ヶ月入院したときでした。
 正月を病院で迎えるのは八十年来初めてのこと。少しガラーンとした病院で長―い退屈な一日を過ごしながら、これはきっと神様が私に下さった休日なのだと勝手に解釈してゆったり過ごし、ギプスをつけたまま退院して片手しか使えない不便さを改めて実感しました。早速地域包括支援センターに御相談したところ、「みんなの手」をご紹介していただきました。
 ケアマネジャーの方にケアプランを作っていただき、最初は買い物と下ごしらえ、別の日に掃除をお願いしましたが、手の回復とともに現在はお掃除だけにして居ります。
 一人暮らしで困ったときに手をさしのべてくださる福祉支援の有難さに感謝して居ります。これからもよろしくお願い致します。(2009.11 81歳女性)

「ほほえみ」の利用者より

「黄色いエプロンの支援で」
 全員反対!選択の結果はおおよそこんなものでした。保育園のお迎え、買い物袋、暗い部屋、二人ぼっち。復帰した職場は電話番。エンジニアだなんて、思っていたのは自分だけ。現実を突きつけられ、なぜ単身赴任のパパについて行かないのか、かわいい息子を保育園に預けてまでする仕事なのか。そもそも働くって何なのか。暗闇の中に閉塞感がただよう毎日でした。
 そんな時、美しいグラビア広告の中に、手作り感たっぷり、ピンク地に単色刷りの印刷物が目を引きました。その印刷物は、育児に一生捧げるだの、○○式教育法だの、△△理念に基づく食育だの、といった誇大文句がなく、主婦がワーカーであり、支援を必要とする家庭を支援する、という極シンプルな内容でした。
 黄色いエプロンのワーカーさんが支援に来てくださるようになり、帰宅すると、温かい部屋と何より息子の笑い顔が迎えてくれるようになりました。相応の知識と適切なアドバイス。黄色いエプロンが誇りを持って働く姿を見るうちに、社会につながることが働く意義なのだと思うようになり、肩の力が抜けていきました。
 いつの間にか仲間も増え、“全員反対”から“まあまあ賛成”の様子です。
幸せの黄色いエプロンが我が家を訪れることがなかったら、きっと負のスパイラルから抜け出すことはできなかったでしょう。また、強力なバックアップがあってこそ、今の仕事が続けられると感謝しています。これからもよろしくお願いします。

(担当「ほほえみ」より)
 赤ちゃんの頃の出会いだったお子さんも成長し、小学生になりました。
 「ほほえみ」は設立当初から共働きの子育て支援を続けています。夕方以降の時間帯になることで、ワーカー自身も主婦であることから、訪問できるワーカーも限られていますが、ローテーションを組んで、伺っています。(2009.11)

「さんさん」利用者より

 福祉クラブはポストに入ったチラシで知りました。チラシを見て、食べ物を売るだけではなく、「温かさ」を感じ、いずれお世話になると思いすぐに入会しました。
 この6月に突然妻が入院し、食事サービスの「このみ」の配食を頼みました。他の事もどうしていいかわからず「さんさん」へも連絡を入れました。今では週1回の掃除のケアに来てもらい本当に助かっています。とにかくありがたいです。(2009.8)

「あやとり」の利用者より

 足を鍛えようと思い毎日多摩川沿いを歩いていたところ、突然足が痛くなり歩けなくなりました。一人住まいで頼れる家族もなく途方に暮れていました。
 そんなとき区役所から紹介していただいたのが「あやとり」です。電話の翌日にはすぐヘルパーさんが来てくれました。大きなゴミの山を片付け、必要な買い物をしてくれたり本当に助かりました。また、私の足の状態を見て区役所にも連絡を取り、その翌日には保健師さんと再度訪問してくださったのです。保険師さんの判断により、二人から病院に行くよう説得があり、病院に連れて行ってもらいました。
 その後、区役所の高齢福祉課、保健福祉センター、包括支援センターとも連絡をとってくださり大勢のかたにお世話になりました。あの一本の電話から一か月ほど経ち、今では片足を引きづりながらも家の中を歩けるようになり、週2回「あやとり」の自主事業を利用し何とか生活しています。あの時「あやとり」に電話して本当に良かったと思いました。(2009.8)