○○のつぶやき

 福祉クラブ生協は多くの組合員、ワーカーズコレクティブ、理事、職員によって活動しています。日頃感じたことや出来事などを寄せてもらいました。

夫と二人で

 夫の転勤で、広島からここ横浜に来たのは、1999年の夏でした。子どもが5才と3才のとき。それまでは夫の両親と同居していたので、子育ても家事も手伝ってもらって助かっていました。横浜に来て親子だけの生活が始まり、子育て、家事を1人でやっていくのは、私にとって大きな変化の年でした。
 週末には子どものサッカーについて回っていた生活も、成長とともに一緒に出かけることも少なくなりました。毎年、お盆とお正月は家族4人で帰省していたのに、このお正月には、なんと夫と2人っきりの帰省でした。大学も自宅から通えるところに進み、ずっと4人で暮らしてきた生活に、また今度大きな変化が起きようとしています。大学院に進んだ長男と2才違いの次男は今年2人そろって就活。おかげさまで無事就職が決まったのですが、2人とも自宅からは通えないところになってしまったのです。
 春から夫と二人暮らし。夫と二人で出かけることもしばしば。夫の誘いにつき合ってゴルフや野球の観戦に行ったり、買い物に行ったり。2人での生活に不安もあるけど、いつか広島に帰るまで、横浜の生活を楽しみたいと思います。(2017.11 M)


リフレッシュタイム

 一週間に一度、頭の中をほぼ空っぽにしてひたすら福祉クラブの消費材と向き合い、それを待っている組合員さんの顔を思い浮かべながら作業する、世話焼きワーカーズの配達のワークは、私にとっては貴重な「リフレッシュタイム」です。
 荷物を運びながら歩く時に目にする街の様子、季節の移ろいを感じさせる花々の香りや木々の色、風などは、一瞬、心や体の疲れを忘れさせてくれます。
 毎年10月の初め頃に薫る金木犀の木に、今年は9月中ごろ、花芽が膨らんでいるのを見かけました。「金木犀、今年はちょっといつもよりも早く咲くのかな?」小さな疑問と共に「地球温暖化」が進んでいるのでは、という大きな不安も頭をかすめます。しかし、配達途中のこと、それ以上のことを考えている余裕はありませんが…。
 このように毎週、さざまざな風景と出会いながら、一年はあっという間に過ぎていきます。もう、すでにこの世にいない母が生前趣味で和歌を作っていたことをふっと思い出し、昨秋、真似事で一首詠んでみました。
 「往く秋を惜しむがごとく花紅葉(はなもみじ)、有終の命輝け、光りの中で」 はなはだ、拙いものですが…。とにかく、目を奪われるように素晴らしかった紅葉の色が今も忘れられません。(2017.10 M)


食の安心安全

 最近巷では食の安心安全がどこでも言われるようになりました。例えば、コンビニの冷蔵惣菜なども「無添加」等をうたう商品も多くなっています。一方で「簡単便利」も、もてはやされるようになってきました。最近特に消費材に触れる機会が増え、市販品との違いを考える時に、「安全安心」と「簡単便利」は相容れないものかなと感じました。
 先日テレビで本格料理が15分で完成するキットの話題を伝えていました。その内容は、酢豚の場合、肉を揚げて味付けしてパックされ、カット野菜が別袋に入れられており、それをフライパンで炒める商品でした。その何が気になるかと言うとカット野菜が新鮮な訳、それは次亜塩素酸ナトリウムで野菜を洗うためいつまでも新鮮を保てること。肉は産地がどこで、味付けが何を使ってされているかが解らない等々。
 しかしながら、今の世の中、添加物が体に悪いと分かっていても、取らざるを得ない現状は確かです。最小限にする努力、知る努力はしていこうと感じる今日この頃です。(2017.9 S)


30年近く続けてるってことだぁ!!

 昨年還暦を迎えた。福祉クラブと出会ったのが31歳の時だからかれこれ30年近く続けてるってことだぁ!!その間1年生の息子と年少だった娘は35歳と32歳になり、家庭を持ちそれぞれ3人・2人のお父さんとお母さんになっている。
 私が福祉クラブで日々忙しく活動をしていたのを見ていてどう感じていたのだろうと、聞く機会があったのだが、答えは「別に」…。でも、息子は子どもが大きくなるまでは奥さんは家にいるべきと言い、娘は結婚が決まるとさっさと仕事を辞めて専業主婦の道を選んだ。私が家を空けることが多く、お留守番も沢山したことへの反動なのかなぁ…とちょっと悲しいというかごめんなさいというか複雑な気持ち。
 しかし、先日孫たちが「この牛乳、福祉クラブの? おばあちゃん家のはおいしいよね」「添加物は毒でしょ」なんて嬉しいことを言ってくれるじゃないですか!!食の安全については継承できたようだ。(ちなみに2人とも福祉クラブの組合員である)
 「○○ちゃんちは添加物ばっかだよ!良くないねェ」と続けた時、娘が「おかあさんやめて!ママ友関係が気まずくなるぅ〜」と叱られちゃいましたけどね(笑)
 孫たちがもう少し大きくなって、私にもう少し自由な時間ができたら、子ども向けのお料理教室を開きたいな…。と思う今日この頃であります。
(2017.8 O)


オリンピックイヤー

 スポーツ観戦好きの私にとって、この夏は楽しみが多い。ケーブルテレビのおかげで海外の競技もライブで観られるようになり、MBLにテニス、ゴルフは毎日のように楽しんでいる。さらに今年はオリンピックイヤー。睡眠不足にならないよう録画を併用しているので、仕事から帰って我慢できずに見入ってしまい、夕食が遅れて家族の不興を買っている。掃除に洗濯、大量のチラシやDMの整理、ごみの分別と、主婦の仕事も最近とみに増えている感あり。あ〜あ、時間がほしい。1日が30時間ぐらいあればいいのに。(2016.8 Y)


気ままな一人暮らしから

 大学から就職しても離れて暮らす長男は、自宅を出て7年が過ぎました。今は「メール」や「ライン」のやりとりで元気か生きてるかどうかの確認ができ、年2,3回会うぐらいが勝手ながらいいペースになっています。夫の単身赴任もたまの週末に会うぐらいが、お互いやさしくなれるいいペース。
 しかし…。次男が4年間、はやりのシェアハウス暮らしと大学生活を終え自宅へ帰ってくることになりました。
家族4人が、離れて暮らすようになり、それぞれ寂しさも気ままさも半々で過ごしてきました。いや、半々よりも2/3以上の気楽さに慣れてしまい、どうしていいやら戸惑っています。
 適当な夕食も書類の散らかりも改めなくてはなりません。
 ああ、うれしい反面なんだか複雑…。(2016.5 O)


青森のねぶた祭りに行ってきました

 8月初旬、青森に行って来ました。青森県のねぶた祭りは青森市、五所川原市、弘前市の3ヵ所で8月の1週目に集中して開催されます。3市の祭りはそれぞれねぶたの形や大きさ、開催規模が違うそうです。今回は二男の婚約者の案内で、彼女の実家がある五所川原立佞武多(たちねぷた)を見物しました。
 街のあちこちに夜店が立ち並び、沿道は県内外から集まった人々でいっぱいになりました。響きわたる笛や太鼓の音、跳人(はねと)と呼ばれる人たちが「ヤッテマレ、ヤッテマレ」の掛け声とともに街を練り歩きます。高さ23メートル、重さ19トンの立佞武多がゆっくりと動いて、近づくにつれ、その巨大さに圧倒されてしまいました。
 20メートルクラスの立佞武多は3台ですが、会社や市民団体、町内会が趣向を凝らした小さな?いえいえ普通の大きさの立佞武多が市内を練り歩き、街の人々の心意気が感じられました。さぁ、来年は何処のねぶたまつりにいこうかな。今から楽しみです。 (2015.10 N)


目に青葉、山ほととぎす・・・

 季節外れの雪が降ったり暖房が恋しかったりと不順だった春も、いつの間にか新緑が美しい季節になりました。鳥の声もシジュウカラから鶯やコジュケイに変わってきました。
 我が家はハイキングコースの近くにあるので、土・日になると旗を持った団体さんや家族連れが多く通ります。山道への入り口を聞かれることもしばしばです。どのコースを選んでもそれほどハードではないので、休日の山歩きにはちょうど良いコースなのでしょうね。
 私も子どもたちが小さい頃は度々ハイキングを楽しんでいましたが、今ではお正月の初詣を山越えで行くくらいになってしまいました。たまには歩いて新鮮な空気をいっぱい吸ってリフレッシュするのもいいですね。
 ほととぎすの声は未だ聞いていませんが、もう一つの初夏の味を楽しみたいと思います。 (2015.5 H)


久しぶりのクラシックコンサート

 先日久しぶりに、みなとみらいホールでのコンサートに行ってきました。サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団で、シベリウスのフィンランディア、ブラームスのバイオリンコンチェルト、シベリウスの交響曲第2番、というプログラムでした。
 なーんて書くと、いかにもクラシックオタク風知ったかぶりのいやらしさに見えますが、本当は何も知らないおばさんで、ただただ音楽に囲まれているのが好きというだけです。
 お目当てはヒラリー・ハーンのブラームス。1ヵ月くらい大好きなブラームスのVコンチェルトを毎日聞き続け気持ちを高めて当日に臨みました。ヒラリー・ハーンは美人で、でもいたずらっ子のようなところもあり、自身の演奏がない時はオケの演奏する様子をきょろきょろと見たり、リズムを取ったりで、びっくり。ソロになると一転、堂々としたすばらしい演奏でした。
 シベリウスの交響曲2番の方は、最初、こんなに難しい曲だったかしらと思っているうちに、聞きなれたメロディも出てきて、金管が派手なシベリウスらしさも満開で、音楽に身をゆだねていると日頃のストレスなど小さいことに思えてきました。
 海外の一流どころのコンサートは正直チケット代も高くて、そんなにしょっちゅうは行けなくて、今回も清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入したのですが(ちなみにLIVERYチケットでの申し込み)、ホールで聴く生の一期一会の音楽との出会いは、やはり何物にも代えがたい楽しみです。
 指揮者になった高校時代の同級生は、海外からのオケなんて観光気分で来ているのだからそんなものに大金払うのはもったいないと言いますし、私程度の耳の持ち主には一層もったいないと思うのですが、キラキラした喜びの得られるコンサートは、その後もしばらく幸せ感が続いていて、同じブラームスのCDを聞くと、当日の喜びがよみがえります。
 またいつか、お気に入りのコンサートにいきたいなあ!!
(2015.3 M)


喜多方から米沢まで旅をしました。

 この夏、会津若松、喜多方から米沢まで旅をしました。観光客も一段落した盆明けの日程にしたのが不運の始まりで、会津若松に着いた途端に土砂降りの雨。普段では味わえない雨に煙る赤瓦の鶴ヶ城も白虎隊終焉の地の飯盛山も体験できたのですが、ほとんど雲に覆われた景色となってしまったのは残念でした。昨年は「八重の桜」でのにぎわいがあったのでしょうが、雨の中ぶつぶつ言う夫と2人、しっとりとした城下町を味わうことができました。
 喜多方と米沢は天気も何とか持ちこたえてくれ、上杉神社、博物館、墓所と周り、歴史小説好きの夫とは久しぶりに会話が弾む旅になりました。この旅のもう一つの楽しみの郷土料理や本場喜多方ラーメン、米沢牛を味わうことと地酒を堪能できたのですが、帰りのバックの中も3本の重たいお土産となってしまいました。
 そして、最後の不運は車に追突され、これこそ予定にない会津中央病院と会津警察署も体験した旅でした。あ〜、誰の行いが悪かったのでしょうか?
(2014.10 A)


マイブーム

 私の最近のマイブームは運動。犬の散歩は12年間毎日やっていましたが、筋トレを始めてみると、腹筋や筋力の無いことにびっくり。最初は筋肉痛にヒィヒィ言っていましたが、今は気持ち良く気分爽快になるひと時で、体の動きも良くなってきています。健康診断では伸長が1センチも伸びました。
 電車に乗った時には、体幹を鍛えるため吊革に掴まらないで立っているとか、エレベータを使わず階段を使うなど、毎日の動作の中で意識して鍛えています。そして、早寝早起き、体を冷やさない、ストレスをためないことを心がけています。健康に老いる準備をしています。まだまだ若いですが‥!!
(2014.7 K)


キャンプ

 たき火をしたいと言う夫につきあって道志村にキャンプに出かけました。急に思い立ったので月曜日にキャンプ場に予約を入れ、土曜日に出かけるという慌ただしさでしたが、天候にも恵まれて、道志みちから望む水源の山々が迫ってくるように見えました。若葉から青葉に移る命の勢いを感じたような気がします。
 時間の余裕があったので、キャンプ場を通り越し山伏峠を越えて山中湖手前で残雪の富士山の写真を撮影しました。仰ぎ見る山がある風景ってやっぱりいいなあ…。
 沢沿いのテントサイトは予想通りの寒さでしたが、たき火を楽しんで穏やかな時間が過ぎました。夜明け前に鳥の鳴き声が聞こえて、その時は何の鳥か知らなかったのですが、たまたま朝のラジオでホトトギスだったとわかりました。鳥に限らず、木や草花などの知識がもう少し備わっていたらまた違う楽しみがあるのでしょうね。(2014.6 S)


介護福祉士、合格!

 「ヤッター」電話の向こうから主人の声。私、以上に喜んでくれました。
 昨年は実技で(あがって)落ちました。今年もう一度、挑戦。
 9月から福祉クラブの講座で、受験支援講座を受講。講師の「全員合格させるぞー!!」の掛け声で、2月6日(日)試験日に向けて、仲間と一緒に楽しく、辛い(昼食後の睡魔)講座を受講しました。
 3月6日(日)実技試験に向けては、現場のメンバーにも協力してもらいながら、試験形式を何度も事前に研修しました。5分間という短い時間ですが、メンバー同士で交代しながら、みんな緊張しながらも回数重ね、おかげさまで、全員合格!!
 年金に手が届く年齢ですが いつまでも目標があるっていいですね。自分へのご褒美を何にしようか、模索中です。(2014.5 Y)


富士山と○○

 私が理事をすることを主人に話したとき、OKの条件は「旅行に支障が出ないこと」でした。
 主人の今の趣味は写真です。メインは富士山。富士山と○○(花、建物、鳥など)の写真を撮りに月に1〜2回は撮影旅行に行きます。なので、旅行の8割ぐらいは富士山周辺です。
 今回も富士山と桜を撮りに行ってきました。日程はお互いの都合を考慮して決めています。私もきれいな富士山と四季折々の自然を感じて、結構気に入っています。特に食事を作らなくてもいいのが、いいです。
 これからは、皐月、あじさい、茶畑、ひまわり・・・富士山を取り巻く自然を満喫しながら、私もシャッターを切ります。(2014.4 M)


新しい家族とともに

 一昨年の春、33才の長男から突然の結婚宣言。「アパートの保証人になってほしい」と言う。独立して一人暮らしするのかと思っていると、「一緒に暮らしたい人がいる」と照れくさそうに話し始めた。え!話の順序が違うでしょう!と思いつつ、根掘り葉掘りと質問攻めに。なまえは?年齢は?聞きたいことは山ほどあるけど・・・。「本当に良かったね。おめでとう」 まだ会ってもいない彼女に、「息子を選んでくれてありがとう」と感謝。
 一年半後の去年の9月、長男夫婦に愛娘が誕生しました。私にとっては、大望の初孫誕生で嬉しさもひとしおです。出産祝い、お食い初め、お宮参り、初節句とお祝いごとが目白押しです。会うたびに可愛らしさが増し、これからが楽しみです。
 この二年の間に辛いこともありましたが、二人の息子と優しいお嫁さんと可愛い孫に囲まれて、沢山のしあわせをもらっています。(2014.3 N)


想い出に残る二十歳のお祝い

 我が家には、今年成人式を迎えた息子がおります。
 1月の日曜のある朝、まつりの格好をして出かけて行きました。「この寒いのにどこの祭りなんだろう」と、思いながらいつもの如く無言で出かけてしまったので、帰宅した時に聞いたところ、江の島で寒中神輿があり、神輿の上に新成人を乗せて海に入り、二十歳のお祝いをしてもらったそうです。知っていたら見に行けたのに残念でしたが、地域の人に祝ってもらい、本人には忘れられない日になったと思います。(2014.2 S)


ある世話焼きワーカーのつ・ぶ・や・き

 我が家は、JRの駅前の集合住宅の一角にある。駅前なので、かなりにぎやかな場所ではあるが、一歩敷地内に足を踏み入れると四季折々に花をつける木や草が、よく考えられた植栽の中に効果的に配置され、しばし都会の騒がしさを忘れさせてくれる。
 毎日何かとあわただしく過ごしている私も、一週間に一度の申込用紙回収のため数人の組合員のポストを訪ねて一回りする時が、木々や草花の様子、野鳥の姿を見ながら季節の移ろいを体感できる貴重なひと時であり、私にとっての「癒しの時間」でもある。
 最近、「春」「秋」という、四季のある日本にとって大切な季節がたいへん短くなっているように感じて気になっている。これも「地球温暖化」の影響の一つなのであろうか…。そんなことを思いながら、ふっと見ると、もう、水仙の葉の中に白いつぼみが膨らんでいて、冬の寒さの中で凛として香りを放つ姿が目に浮かび、何とも言えない清々しさを覚えた。季節は着実にめぐっている。
 しかし、今のままならば、この営みを人間の傲慢な行動が崩してしまう日も近いかもしれない。そのようなことが起きないように、私も何かを始めなければ…。2014年こそは、「早寝早起き」を一年の計とし、夜更けまで電気を使うことはやめよう、と秘かに心に決めた。(2014.1 M)


母がきた!

 先日、田舎から実母が遊びにきました。
 10日ばかり、枕を並べ寝食をともにしました。うれしい反面、何日かしてくると、ついつい強い口調もでて「その話聞いた!」とか「あ〜わかってる、わかってる」などぶっきらぼうな言葉を発してしまい、「そんなことを介護する方にも言うの、こわいね〜」と嫌みを言われてしまいました。そんなつもりも気持ちもないのに、なんだかやさしくなれない自分に少々落ち込みました。
 会議やワークで一日出かけている日は、帰ってくると懐かしい味の煮物などが並び、日頃からちょっと気になっていたところが綺麗になっていたりして、ありがたかったです。日帰りバスツアーなどにも参加し、いくつかの観光地に連れていく計画も天気に恵まれ、親孝行も少しはできたかなと思います。また、家で甘いものを食べながらお茶をしたりと同じ時間を過ごしました。何気ないおしゃべりをしたりまったりとした10日間でした。
 離れて暮らし、お互いに住み慣れた場所から動くことはできないからこそ、「いつまでも元気でいてね」と改めて感じました。(2013.12 O)


スポーツの楽しみ

 私は、生まれながらの運動音痴。跳び箱など飛べたことは無し。初めて逆上がりができたのが6年生の時、あの感動は今でも忘れない。(その後、体が重くなりまたすぐにできなくなってしまったけれど。)
 しかし、子どもたち3人は(私に似ず)運動神経が良く、長男・次男はサッカー、長女はバスケットをずっと続けている。私と主人は子どもが小学生の時から、週末はサッカー・バスケの試合の応援で過ごしてきた。自分が味わえなかったスポーツの楽しみを、たくさんプレゼントしてくれた子どもたちには感謝しなければ・・・成績が悪いことは目をつぶろう。(2013.11 O)


オリンピック!!

 2020年に東京で2度目となるオリンピック開催国に決定した。
 東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)は母が亡くなった年なので、50年余り経った今でもオリンピックと聞くと想い出す。
 まだ自宅は白黒テレビで、開会式、マラソン、体操を観た記憶がうっすらと残っている。東海道新幹線が開通した年でもあり、日本中が夢にあふれていたのかな! きっと、その頃の我が家は大変だったのだろうと思われる。
 時は過ぎ、もう一度東京でオリンピックが開催されるのは喜ばしいことだと思うが、景気が回復してきたと言ってもあまり感じない昨今。東日本復興もまだまだ不足している。早く復興が進んで、日本中が明るい世の中になって欲しいと願う。
 7年後は、どんな世の中になっているでしょう? 私は、何をしているかな?(2013.10 T)


学校給食の想い出

 先日、川崎市庁舎を訪れる機会があり、1階ロビーのショーケースに展示してある学校給食の献立の変遷を見て、遥かウン十年前の給食を想い出しました。
 私が生まれ育った島で学校給食が導入されたのは、昭和40年。ちょうど私が小学校に上がる年でした。給食の想い出といえば、「脱脂粉乳」です。独特の臭いと味は今でも忘れられません。学校を休むと、友だちがコッペパンをわらばん紙に包んで持って来てくれました。イチゴジャムやマーガリンの形態も懐かしい想い出です。
 そして中学はビン牛乳でした。10月から福祉クラブでも200mlのビン牛乳を取り組むことになり、飲んだ時にまた給食の記憶が蘇ることがあるかもしれません。
 時代の流れとともに学校給食の内容もバラエティに富み、地場産物を取り入れた献立も増えてきました。全国学校給食甲子園というイベントも開催され、地方大会を勝ち抜いてきた学校や施設(給食センター)の献立は郷土色豊かです。最近、20代の鹿児島出身の美容師さんが教えてくれました。「鶏飯が給食に出ていました。」って。そうです、“鶏飯”は奄美の郷土料理。懐かしく感じました。
(2013.9 T)


今年の夏のひとこま

 もうすぐ夏休みという7月の連休に、2泊3日で遠方に住む長男家族が訪れた。
 夫と二人での暮らしは、仕事は忙しいけれど申し分もない穏やかな生活だ。そこに長男夫婦と11歳から5歳の孫4人が登場となれば…生活が一変する。お嫁さんは我が家に来ると「ここに来るとネジが緩んでしまって…からだが動かないんですう〜」と言いこっくりこっくりしている。20歳でお嫁さんになってから、家事と子育てに加えて仕事を持ち、今は睡眠4時間半と聞いているのだから「いいのよ〜ゆっくりしたら」と笑顔のつもりが、ここ数年は引きつっていないかちょっと心配。気持ちと体力は残念ながらイコールではなくなっている。ところが今年は驚いたことに「私がお皿洗うね」と4年生の孫娘が天使のような笑顔で全部洗ってくれた。可愛い手で三角のおむすびも作ってくれた。お米も研いでくれた。感激!!「うわぁ〜(お嫁さんもしないのに)飛び級で手伝ってくれるなんて〜すごい!!」と素直に大喜びして…おっと、「親の育て方がいいのねぇ」と付け加えることは忘れなかった。すると「お母さん、私に良い嫁を期待しないでくださいね。お嫁さんの役目は○○ちゃん(結婚したばかりの3男のお嫁さん)に譲りますからぁ〜」と本人の承諾なしでニコニコしている。私も思わず頬が緩んで「二人とも可愛いお嫁さんですよ。末永くよろしくね」と心の中でつぶやいた。
(2013.8 K)


新幹線の旅

 デイサービスのデイルームは横に(縦に?)長く、トイレや浴室までの距離もリハビリになります。せっかくの長い距離を楽しんで歩いていただくために、手すりの横に新幹線の駅名と線路を貼りました。東京から出発して品川・・新横浜・・・ちょうど三島辺りが一つめのトイレです。「みしま〜 みしま〜」途中下車して、トイレタイム。トイレからUターンして、「あたみ〜」・・「しんよこはま〜」。新横浜で下りずに次は「しながわ〜」と声を出しながら歩きます。そして、次は〜と言うとAさんは「トウキョウ〜 トウキョウ〜!」その声はまさに昔の「国鉄の駅員」のあの特長あるだみ声です。(想像できますか?想像できる方は長い歴史を生きてきた方?)
 昔からおてんばだったと自負するAさんは日々の生活を自分から話すことも少なく、応えも言い訳なしの簡潔明瞭です。若かりし頃は、さぞかし男勝りの肝っ玉母さんだったのでしょう。このトイレまでの“小さな旅”で、体に染みついた昔の思い出をよみがえらせています。今は「掛川」までの「こだま」での新幹線の旅ですが、もっともっと線路を延ばして、日本全国を旅していきましょう。Aさんこれからもご一緒してくださいね!
 そして、最近はめっきり足腰も弱ってきて、なかなか外出も難しくなってきた実家のお母さん! 今月も私が新幹線に乗って帰るからね!
(2013.7 W)


新緑のこの季節

 毎年5月の連休の時期は、ふだん会えない友達に会ったり、連休の間は人が少ない都心の美術館に出かけたりしている。さて、今年はどこにいこうかなぁ〜と思っていたら、幼なじみから連絡があり、五月晴れの一日遊びに行ってきた。友達の家は東京の郊外にあり自然がいっぱい。家に着くあいだもまわりじゅう、むせかえるような若葉だった。新緑のこの季節、緑を見ているだけで解放感があり、ついつい友達との話もはずむ。家に着き一段落して、「じゃあ摘み草でもしない?」と誘われて庭に出た。ひとしきりまだ若いふきを摘んで、次は山椒の葉っぱをとげに気をつけながら摘んだ。山椒の実もなってるからと云われはさみで取る。それから、よもぎもやわらかそう、「くさもちにするとおいしいから〜」とすすめられ、それも摘んできた。
 友達の家の台所で、さっそく、摘んできたふきを洗い、つくだ煮づくり。おしゃべりしながら、手際よく作り上げてくれた。毎年この時季になると、ほとんど毎日作って誰かにあげるのが楽しみな友達は、実に手際よくおいしく作る。山椒とよもぎは持って帰って家で作ることにした。作り方も丁寧に教えてもらい、ふきのつくだ煮と一緒に持ち帰った。
 まもなく初夏、雨の季節がやってくるけれど、雨とともに咲きだすあじさいの花がブルーからピンクに変化していくのをながめるのは、この季節の楽しみでもある。 (2013.6 S)


一年中草花が楽しみ

 奈良のしゃくなげが美しい室生寺、ぼたんが咲き誇るという長谷寺に行ってきた。見どころを見極めて花を見に行くのは難しい。どちらもまだ青い蕾で残念でした。そのかわりの桜の美しかったこと。どうも遠方での満開の○○などは時季を逸してしまうことが多い。近間の大和市福田の「花のお寺」「河童のお寺」として親しまれている清流山常泉寺のみつまた。伊豆急線河津駅から線路沿いの河津桜の並木。伊豆高原駅前からの桜のトンネル。横須賀のしょうぶ園(菖蒲、桜、ふじ、しゃくなげ、ツツジ、リコリス、ヘメロカリスと一年中草花が楽しめる)。小田原の蘇我の梅林。城山のカタクリ。久里浜花の国のコスモスとポピー。藤沢市では片瀬にある龍口山常立寺の「しだれ梅」。ケアで訪問している組合員宅のお庭では45種類の梅の花が咲き乱れる。(2013.5 F)


楽しかった同窓会

 昨年夏に中学の同窓会があって参加した。中学は7クラスあって、当日は150人以上の参加だった。不思議なもので何十年ぶりに会っても、違和感もなく当時のニックネームで呼び合い、想い出話や今の状況に話がはずみ、笑い転げたりして楽しいひと時を過ごした。
 私はその日のために少しでも痩せようと思っていたけど、残念ながら実現しなかった(>_<)
 面影はあるけど誰だっけ? という人もいたし、特に男子で超太った人(人のことは言えないけど…)や昔は結構かっこよかった人も頭が○ゲてしまって残念!(#^.^#)
 悲しいことに亡くなった人も数人いて、みんなで黙とうした。よく叱られた先生、幼稚園の頃から一緒の幼なじみ、気のおけない同級生、みんなそれぞれ人生を歩んできているけど、この日は学生? に戻った気分だった。以来、メールや電話でやりとりしたり、こっち(関東)にいる同級生と会う計画をしたり、また今年の夏も帰った時に会う約束をしたので、今から楽しみ♪♪♪
(2013.4 E)


地域とのつながりの大切さ

 2012年4月から2年間、町内会の常任委員を務めることになりました。現在のところに住んで18年、子ども会にも参加していなかった我が家にとって一大事。福祉クラブの活動と両立できるか心配でしたし、知り合いもいなかったので断り続けましたが、前任の方の説得に負け、引き受けました。
 1ヵ月に一度の常任委員会くらいかなと思っていましたが、古くて歴史ある町内会で世帯数も多く、なんとなんと行事が目白押し!! 盆踊り、まつり、運動会、餅つき、どんど、防災訓練、文化講演会などなど…。行事以外にも防犯パトロールや町内の掃除など今まで関わっていなかったことをこの1年ですべて経験しました。初めは戸惑っていましたが、地域のこともよくわかるし、同じ委員のみなさんとも仲良くなり、今は楽しく役を務めています。
福祉クラブで実感した地域とのつながりの大切さを、もっともっと身近で感じています。あと1年楽しみま〜す。(2013.3 F)


自然療法

 年末年始、子どもたちがそれぞれの家族を伴って、我が家にやってきました。総勢9人。久しぶりの全員集合でしたので、食べ過ぎ、飲み過ぎ。その後そのまま、入院中の母の見舞いに北海道まで行きましたので、ジンギスカンや北の幸をまたまた食べてしまいました。普段粗食に慣れている私のお腹はびっくりしたようで、北海道から帰る時には、体調を崩していました。鼻づまりの症状で、最初は風邪を引いたのだと思いましたが、長引いたのと、食欲が戻らないので、自然療法の本(東城百合子さん著)を取り出して、鼻づまりの項目を読んでみると、食が原因のことが多いとの記述がありました。私はすぐ納得し、本に書いてある通り、絶食が一番と2日間ほど、葛湯で過ごし、何とか体調を戻すことが出来ました。医者の世話にもならず、薬も飲まず、福祉クラブの葛だけで、なんて安上がりな私なのでしょう。(2013.2 K)


至れり尽くせりの子育てグッズ

 9月に娘が男の子を出産しました。初心者マークのママとともに、ただ今育児に奮闘中です!「なんで泣いてるの?」「しゃっくりが止まらない」「げっぷが出ない。大丈夫?」「うんちが3日も出てないけど便秘?」矢継ぎ早の質問攻撃に、うん十年前の我子育てを思い出しながら「大丈夫、大丈夫」と答えつつ・・心の中で「多分、大丈夫だと思うけど」・・。
 何人育ててもそれぞれ赤ちゃんには個性があってみんな違っていて難しい。なにせ彼は、どうしてほしいのか言ってくれない。なのに泣いて訴えることはしっかり身につけて生まれてきて、その武器を四六時中使いまくるのだからお手上げです!寝ているときは天使なのに・・ね。
 ところで最近の育児グッズは驚くほど便利になっていることをご存知ですか? 例えば、粉ミルクは固形になっていて40t分づつ既に分かれて160t分ずつ個包になっているとか、おしりふきなるものがあってさらに冷たいとかわいそうなのでウォーマーがあったり、電動のゆりかごやレンジで煮沸消毒できる道具、さらには抱っこをすると裾がまくれてしまうので赤ちゃん用レッグウォーマーまであります。こんなに至れり尽くせりの子育てグッズがあっては、ママたちの創意工夫の力は身につかないなぁ・・と憂い。新米ママパパの手助けと言いながら弱みに付け込んだ悪徳商法だぁ・・と怒り。それでもついつい子供服に目が行ってしまう甘々ばーたんです。思いだし子育てとともに最近の育児事情に精通する毎日を過ごしております。(2013.1 T.O)


健康第一

 つい2〜3年前までは健康についてそれほど真剣に考えていなかったような気がします。風邪をひいて寝たのも何年前だったでしょうか?どちらかと言えば健康な方でした。
 私は、若いときよりも40代 50代が一番パワーがありそのころはよく山に登っていました。体力にも自信があり、春の尾瀬からはじまり北アルプス(乗鞍や白馬等‥)は大好きでした。今は○○代そろそろ体にも気をつける年代になっています。今まではクルマでの移動が多く、気がつくと体が重くなっていました。何とかしなくては!と思いまず、少しづつ歩くことにしました。歩きながら自然をゆっくり感じあらためて四季折々を楽しみながら歩けたらいいな〜きっとまた、違う楽しみにたくさん会えるかもしれない。と思っています。でも時間に追われている今ちょつと自信がありませんが、健康第一に考え頑張りたいと思っています。(2012.11 G)


友人たちとの小旅行

 私には学生時代から続いている十数人の仲間がいます。卒業後しばらくは、しばしば交流していましたが、お互い次々と結婚したり、転勤したりでしばらくは年賀状だけのつきあいが続いていました。子育てがそろそろ一段落したころ、久しぶりに会おうと駅で待ち合わせをしたところ、あまり?の変貌ぶりに隣にいたのに気がつかなかったことは、今でも笑いの種になっています。
 そんな集まりがいつしか年に一度の一泊旅行になって10年あまり、軽井沢、長野、浜名湖などに行きました。集まれる人が参加する無理のない形です。長い付き合いの間にはそれぞれいろいろなことがありましたが、今さら飾る必要のない友人は何よりの財産です。今年も予定の連絡がきました。幸いその日は予定がありません。休みを死守してリフレッシュしてきたいと思っています。(2012.10 H)


いきいきと過ごしたい

 わたしのケアなどで関わる高齢者の方には素敵な方が多くて、こんな風に年を取れたらなあといつも思います。
 その中のお一人に、92歳のN氏がおられます。胃がんの手術で胃を全摘なさったけれど、とてもしっかりなさっていて、いつも数独で頭を鍛えていらっしゃいます。難易度4までは楽々と解き、「さすがに5になると難しい」と言いいながらもその挑戦を楽しんでいます。
 私もその姿に惹かれ数独を始めてしまいました。またその方が楽しんで挑戦できるよう、クロスワードパズルなどを見かけると切り取り、その方と一緒にワイワイと楽しんでいます。クロスワードパズルに挑戦してみて、いかに自分が言葉を知らないか、又忘れているかに改めで愕然としました。こんなに頭が衰えてしまうとこれからの人生が本当に大丈夫かと心配になります。Nさんのように90を過ぎても矍鑠と生きるためには、頭を柔軟にしてもっと広く世の中を見て、いきいきと過ごしたいなあと、しみじみ思っています。(2012.9 M)


母に感謝

 実家では3年前父が他界、母と弟家族が住んでいます。このたび家を新築したため、お祝いを持って実家に帰省してきました。いつものように、母の手料理のぜんまいの煮物や煮豆、漬物などが並んでいました。腰が曲がった母には今どきのアイランドキッチンは背が届かなく、母用にもう一つ低いキッチンが準備されていました。昔から料理が得意な母のために、生活環境が変わっても今まで通りにキッチンに立てるようにとの思いで、弟家族が準備してくれたものでした。83歳の母ですが、いつまでも元気で家族に頼られ長生きしてほしいですね。(2012.8 T)


花の苗をおすそ分け

 我が家には猫の額ほどの庭があります。玄関の前とリビングに面したほんの小さなスペースなのだけれど、頭を悩ますひとつなのです。今の時期になると一番気になるものが「紫陽花」。十数年前の母の日に子どもたちがプレゼントしてくれた鉢植えの小さな株を庭に降ろしたらさあ大変、毎年毎年ぐんぐん伸びてしまうのでザクザク剪定するのですが、時期が少しでも遅くなり花芽が付いてしまってから切ると翌年は花が咲かなかったり、長めに切ると藪のようになってしまうし、本当に大変です。今年は失敗。花は咲いているのですが剪定の仕方が斑になっていて無残な姿になってしまったのです。手入れができない庭なので草取りくらいはしたいのですがなかなかできなくて、山椒の葉はいつの間にか虫に食べられてなくなってしまい、今年は一回しか食べられなかったのです。
 でもふと気がつくと見知らぬ花が咲いていることがたびたびあるのです。なぜかというと隣のおばあちゃんがうちの庭に花の苗をおすそ分けして植えてくれていてびっくりです。うちの花が隣にいったり来たり。うちの庭にきた花は野放し状態なので伸び伸びとよく育ち、また近くの家の庭に分けられていって咲いています。
 少し時間ができたら庭らしくなるようにガーデニングでも始めましょうか・・・・といつも思っています。(2012.7 A)


今、はまっているもの

 「マイブームは?」と聞かれたら、私は「数独」と答えます。ここ2年間位、夕刊の一面に載っている、数独にはまっています。
 数独とはパズルで、縦横各9マスずつ、81マスの中にそれぞれ1〜9の数字を入れていきます。約束事は、各1列ずつに1〜9が入ります。また、各3マスずつを1つのグループにして、9マスに分かれます。そこにも1〜9が入ります。最初は「ここには○と○と○が入る」と鉛筆で薄く書いたりしていましたが、訳が分からなくなってしまいました。「必ずその数字しか入らないものを入れていくことが重要だ」と気が付きました。1つだけの数字がはいる可能性を、理詰めで推理していく過程が醍醐味です。錆付いた頭を駆使し、「ああでもない。こうでもない」と夕食後の楽しみにしています。
 初級は大体、難なく突破できるようになりました。中級が毎土曜日に載ります。「解決するぞ!」と座り込んで鉛筆を走らせます。が、さすが中級、途中で鉛筆が止まり思考の世界に入ります。迷路に入ったときには気分転換をして、挑戦です。一寸視点を変えると、思わぬ解決の道が見えてきます。示唆に飛んだパズルで、当分病みつきになりそうです。(2012.5 K)


夫が夕食作りに… でも

 昨年10月に定年を迎えた夫が、食事作りを担当するようになりました。
 何冊かの料理本を見ながら何時間もかけての夕食作り。すべてレシピ通りの味付けでおいしく家族の評判も上々。今まで食べたことのないメニューが出てきて、お母さんのマンネリ料理とは違うね…。
 でも、食材を見て料理ができる私も賢い主婦ですよ。予約共同購入が理解できない夫に問題あり。消費材申込時に仕分け人状態で「これはあるよ。でもすぐには来ない」などと話し合って申し込む。これもコミュニケーションの一つと思うと、ストレスもたまりませんが、今まで食べてきた消費材の良さが分かっているはずなのに応用が利かない夫。早く消費材からメニューが考えられるようになりますように。(2012.4 K)


探しもの

 夫がパソコンを買い換えた。そして、私が使っているノートパソコンに入れてあるソフト2種類を探して欲しいと言ってきた。基本的にパソコンソフトの管理・保管は夫がしているので普通なら私が探さなくてもいいのだけど。昨年末に壁紙の張り替え工事をした時に、荷物を動かしたせいで見あたらないらしい。そうだとしたら、私の一時整理棚(別名ブラックホール)に紛れているのかと思い至り、冷や汗が…。
 焦って棚から荷物の詰まった箱を1つずつ引っ張り出して中を確認するが、見つからない…。おぼろげな記憶を辿りたどって、ようやく押し入れの天袋から見つけたソフトを差し出したら、「2つともその次のバージョンで、もっと小さい箱だよ」…
 それから三日後。
 1種類は夏に息子が使ったかも…と思い出して、ここしかないとブラックホールに再挑戦。“黄色”の小さい箱を見つけた。このソフトはグレーの箱だと思っていた(古いバージョンはグレーだった)が“黄色”だった。おまけに最初に探した時に見ていたのに、別のソフトだと思い込んでスルーしていたのだ。
 でも、もう1種類はどうしても見つからない。手に取った記憶すら全くない。夫に見つけたソフトを渡しながら、「黄色は絶対に違うソフトだと思っていたから見落としていた」と言って渡しつつ、もう一度自分でも探すことを促してみた。
 週末、部屋でごそごそしていた夫が「あったよ。“地味な模様の箱”になったと思ってたんだけど…」古いバージョンは白地に“カラフルな羽根模様”。探し出した箱はブルーグレーの“無地の箱”だった。
 “思い込みはダメ”だと実感した。(2012.3 T)


どっちがいいのかな?

 日頃から川崎で見える星の数の少なさが気になっていました。
 1月2日、暗くなってから帰宅する途中、ふと空を見上げました。「あれっ、今日は星がたくさん出ている…」お正月で日本中がお休みなので空気が澄んでいるのかな?と思いました。
 私の田舎に比べると、都会は空も海もきれいではない。見えないけど私たちが吸っている空気もかなり汚れているんだろうな。ただ、食べ物に関しては、私のほうが福祉クラブ生協の消費材を使っているからいいものを食べているはず。実家の醤油は添加物の入った甘い醤油で、作る料理がどれも同じ味になってしまう。醤油の種類もいろいろあって、さしみ醤油というのもある。帰省は短期間なので大して気にもせず使っているけど…。
 空気のきれいな場所で添加物を摂りながら暮らすのと、都会でこだわりを持ってからだによいものを食べながら暮らすのと、どちらが長生きできるのでしょうか?(2012.2 T)


新年の行事・ミニ同窓会

 私にとって新年の行事と言えば35年以上続いている小学校の同窓会です。毎年、3日に先生のお宅に集合してミニ同窓会が開かれます。
 私の小学校は鎌倉の極楽寺にある小さな学校です。1年生の算数では銀杏の葉を10枚一束にして100までの数を習いました。また、学校の裏山を先生と子供たちで散策?することが度々ありました。うっそうと茂った山の中を歩いたり、山頂で日向ぼっこしたり、ワーワー大騒ぎして学校に戻ると給食の時間になっていました。今となっては、何の授業だったのかなぁと思いますが。そんな事を共に体験した私たちが今も顔を合わすと、○○君や○○ちゃんと呼び合って童心に戻ってしまい、先生はその様子をニコニコ笑って見つめていてくれます。しかし、お元気な先生もご高齢になりました。少し耳も遠くなってきたようです。
 今年は先生を主役にしてじっくりと先生の話を聞く会にしようと万年幹事君と話しました。20数年前先生の還暦の祝いをした時に「次は君たちの還暦の祝いを私がするよ」という冗談がだんだん近づいてきました。
 皆さまにとって、良い一年となりますように。(2012.1 K)


日吉の慶応キャンパス

 1週間に数回、日吉の慶応キャンパスを縦断します。その時間およそ15分。イチョウ並木が見せる四季の移り変わりが大好きです。春の芽吹きから、夏には焼けつく日差しを緑の葉で日陰をつくり、秋になるとちょっと癖ある実をつけ、その後木々の葉は黄金色になり足元に黄色のじゅうたんを敷きつめます。そして葉を落とした枝では、新たな季節を待つ準備が始まります。
 3月11日もいつものように歩き始めたころ、不気味な音とめまい?(初めは地震とは気が付きませんでした)に足もとがふらつきだしました。そこで頼りがいのあるイチョウの木にしがみつき、地震がおさまるのを待ちました。私にとってイチョウの木々は四季の移ろいを知らせてくれるだけでなく、頼もしい存在になりました。 
 また、慶応散歩の楽しみは体育会の練習場を通ること。日焼けした汗まみれのユニフォームやおなかの底からの若い声からも、勝手にキャンパスを歩かせていただいているおばさんは元気をもらい、次の会議に遅れないようにと急ぎ足になります。(2011.12 W)


私の出会いたい道

 子どものころ、仲のよかった友達とよく散歩に出かけた。「たんけんごっこ」と勝手に名付けてまだ通ったことのない道を、今日はこっちの方へ行ってみよう!と出かけることが好きだった。
 だんだん学校のことが忙しくなり、いつしか忘れてしまったが、このごろ必要に迫られて歩くうち子どものころによく歩いたことを思い出す。
 つい先日、駅からの道を急いでいたらどこからか三味線の音が聞こえてきた。思いがけない音にタイムスリップしたような気分になり、知らずに歩みがゆっくりになって風情のある音に耳を傾けたことがある。
 考えてみると歩く楽しさは、思いがけないことに出会うことかもしれない。どんな道が好きかというと、まっすぐのびている道より、先を見通すことができないカーブしている道が好きだ。そんな小道をみつけると、この先はどこに続いているのだろうと好奇心がわいて、知らずに足が向いていることがある。特に好きな道は、早春の夕方、暗くなり始めたころにどこからともなくただよってくる沈丁花の匂いに出会ったりするときが私にとって至福の時だ。(2011.11 S)


捨てられない大量のレコード

 とっても忙しくて疲れている時に普段気にも留めない事が気になって、こんなことやっている場合じゃないのになんて思いながらそれでもその事をし続けてしまうという時がある。若かりし頃に集めて捨てられない大量のレコード、そのレコード盤を一枚づつ取り出し清掃してしまった。マイルスデイヴィス、キースジャレット、セロニアスモンク…購入した頃を思い出す。レコード針を買ってきて久しぶりに聞いてみようか。ダメダメやらなきゃならないこと終えてからにしよう。(2011.10 F)


我が家のホットな ホットな夏

 孫たちも、保育園・幼稚園・小学校と通いだすと、なかなか泊りがけでは来てくれなくなりました。それでも夏休みが近づくと3家族から予約が入り(我が家は旅館?)来る日が決まりほっとしていると、「夏風邪をひいた」「熱が出た」とメールが入り大騒ぎ。そして2泊3日・3泊4日と次々に訪れ、朝は5時過ぎるとよちよち可愛い訪問者に起こされ、夜は22時には家中が真っ暗。おやすみなさい〜!
 彼らがいなくなっても、お祭りの金魚すくいの金魚や置いていったカブトムシの世話…とまだまだ気の抜けない夏が続きます。(2011.9 K)


我が家のイベント

 サッカー女子W杯ドイツ大会の決勝「なでしこジャパン」の試合は、日本中に感動と勇気と元気を与えてくれました\(^o^)/ 特にサッカーファンではないけれど、こういった試合はつい気になって応援したくなる。(夜中だったので目覚ましをかけたものの起きられなくて、BSの再放送で勝ったことを知りながら、安心して観戦しました)
 我が家のイベントとしては、今年主人が還暦を迎える。結婚してからというもの1度も病気で仕事を休むことがなく、何年か前に子供たち2人と私がインフルエンザにかかった時も、夫だけはなぜかうつらなかった!しいて言えばさし歯で医療費がかかった程度かな(#^.^#) それもこれも、たいして料理が上手とはいえない私の手料理だけど、一応バランスを考えて、20年間福祉クラブの消費材を食べてきたからだなぁ!と自画自賛し、家族にも自慢している。
 秋には夫と2人で旅行を計画中、2人でなんて何年、何十年ぶり?今から楽しみだなぁ(*^_^*)
(2011.8 E)


親の介護

 主人の両親は80代になっても夫婦二人で元気に暮らしていましたが、この半年間に父が脳梗塞で二度入院したり母の腰痛がひどくなったりで状況が変化しました。お盆とお正月だけに家族で帰省していたのが、主人と交互に様子を見に月に二度ほど帰省するようになりました。
 交通の不便な場所なので車は必需品です。母は1年前、父は1ヶ月前に運転免許を返納しました。買い物、病院に行くなどタクシーで行かなければならなくなり、すごく不便になりました。行政に移動サービスの問い合わせをしましたが無いとの返事。介護認定を受けるのを渋る父を無理やり説得し要支援の認定を受け、ヘルパーさんの訪問を受けるように段取りをしてこちらに戻りました。しかし訪問の前日に断ってほしいとの電話があり、急遽中止してもらいました。人に頼ることは悪いことだと思っている両親を納得させるのはしばらくやめました。
 週に何度か配食をお願いしようと聞きましたがわからないまま。生協のパンフレットを取り寄せましたが、母は字が小さくてよくわからないと言うし、困ることばかりです。
 あー!実家の近くに福祉クラブ生協があれば・・・(2011.7 F)


家族を見続けてきた家

 30年間住み慣れた家から転居しました。この家で3人の子どもを育て、みんな巣立っていきました。住み始めた時にすでに築30年以上の古家で、木造、平屋、エアコンはなく、夏はうだるように暑く、冬はすきま風で寒く、自然を実感(?)できる家でした。
 子ども部屋もなく、長男が中学に入るまでは一部屋に5人全員で寝ていました。ずーっとみんなでギュウギュウに暮らしてきた気がします。今だから言えますが、鍵も不要の家でした。子どもが小学生の頃、みんな鍵を持つのを嫌がり、奥の部屋の鍵はかけていませんでした。鍵を掛けてもサッシでないガタガタのガラス戸は、ちょっとしたコツで開けることができました。次男が友だちに自慢げに開け方を披露しているのを見た時は、焦りましたが‥
 子どもたちが取り壊される白い漆喰の壁にメッセージを残してきました。「長い間ありがとう」「すてきなお家に乾杯!」「お疲れさま、俺も頑張るよ!」私からも「楽しかった、ありがとう」(2011.6 K)


これからもヨロシク!

 2月に娘が結婚して別世帯となったことで、夫婦2人の生活が始まりました。平日は朝、夫が出社するまでの1時間と帰宅してからの1〜2時間(帰りが遅いのです!)「おはよう」「行ってらっしゃい」「お帰り」「ご飯は」「おやすみ」程度の会話しかしていませんでした。
 ところが最近なんだか以前より会話が増えたみたい!よくよく考えてみると今までは子ども中心で、夫は二の次になっていた…? 私が話しかけていなかったんだと反省・はんせいです。増えた会話は庭の花が咲いたことだったり、テレビのニュースに対してだったりおかずのことだったりと、なんでもないことではあるけれど夫は最近すこぶる機嫌が良い。黙っていても通じることも確かにあるけれど、伝えてこそそこにコミュニケーションが生まれ意思疎通ができることを日々実感しています。
 「会って伝えよう」が福祉クラブのテーマでしたね、こんな身近な人に伝えることを忘れていました! うるさがられない程度に夫婦の会話を楽しみます♥(2011.5 O )


こんなときこそ「たすけあい」

 東北で大地震が起こりました。被災された方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈りいたします。
 福祉クラブ生協も東北地方には、たくさんの生産地・生産者を持っています。工場が流された、海がだめになり生産は見通しが立たない、などの被災報告が伝わっています。街中では物資の買いだめが起こり、停電と相俟って、開店休業に近い店が続出しています。
 会議の多くが中止または延期になり、久しぶりにぼーっと過ごした自分が反省されますが、いつものように共同購入していた身には多少の欠品はあるものの物資に不自由はなく、これからも供給されるとのこと。作り上げてきた共同購入の確かさを再確認する機会となりました。
 福祉事業も全力でできる限りのサービス提供を図っています。作り上げてきた足元の安心を土台に、さて、このような一大事に協同組合としてどのような支援と対応ができるのか、一丸となって知恵を出し行動していきましょう。(2011.4 Y)


富士山

 毎朝 富士山をながめながら 洗濯物を干しています。
 くっきりと青空をバックに見える日。半分雲がかかってしまっている日。晴れているのになぜか全く見えない日。気ぜわしく富士山を見ることさえ忘れてしまう日。etc.
 北から見る富士 西から見る富士 さまざまな姿があるけれど 家から見る富士が一番。
 潮風を浴びながら 日がな1日 富士山を眺めていられる日が来るのはいつのことでしょう。(2011.3T)


鶴舞う形の群馬県

 上毛かるた(群馬のかるた)にあるように日本地図を見るとたしかに鶴が羽をひろげているかのように見えるのは群馬県人だけでしょうか?
 雷とかかあ天下に空っ風、温泉が豊富であること、総理大臣4人(福田(親子で)・中曽根・小渕)が出ていること等‥アピールすることはたくさんありますが、私が生まれ育った大好きな故郷です。関越道を走っていると上毛三山(赤城山・榛名山・妙義山)が見えると「あー、田舎に帰ってきた」と実感し、顔がほころんでしまいます。遠くに見える景色は変わっていなくても30年も離れていると私自身、浦島太郎になったかと思うくらい道路や建物が変わり、便利になり喜んでいいのか、昔のままであってほしいという思いとが交錯しています。
 主人の仕事の転勤で横浜市民になり、私にとって横浜は第2の故郷になりました。地域の活動が活発だったので、聴覚障がいの子育てをしていた私にとって安心して子育てができました。今度は立場が代わり住みやすい地域づくりに参加して第2の故郷を大切にしていきたいと思います。(2011.2 G)


ひとりごと

 新しい年になりました。この間ミレニアムとか騒いでいたのに、もう2011年です。私の住んでいるところは高台なので、良く言えば自然に恵まれています。もう一つの言い方では駅から遠く不便なところでもあります。でも毎年花見や紅葉狩りは家の周辺で済んでしまいます。
 昨年の紅葉は台風がなかったためか、葉が痛んでなくとてもきれいでした。楓の色も朱色が強いものや、エンジ色のものなどいろいろあります。窓から眺める木々は冬空に映え、輝いているのを見ることができました。落ち葉のお掃除は大変ですが、身近で自然を楽しむことができるのは幸せなことだと思います。
 毎日バタバタと生活している私ですが、今年はもうちょっと立ち止まっていろんなことに目をむけることができたらいいなと感じています。月日のたつのが年々早く感じられるこの頃ですので。(2011.1 N)


牛乳アイスは母の味

 子どもの頃、母はよくお菓子を作ってくれた。シュークリームを焼いてくれた時は大きなお皿にたくさん載ったシュークリームを弟とたっぷり食べた。「ひとり3個よ」と言われても「あと1個ね」と弟とねだり手を伸ばした。時々、ふくらまないシューの時はクリームをぬりながら食べたりもした。母も叱りもせず何だかうれしそうに見えた。
 ガスコンロの上に置くタイプのオーブンを上手に使い母は魔法使いのように、本でしかみかけないお菓子をいろいろ作ってくれた。ごくたまに牛乳屋さんから生クリームを届けてもらい、せっせとあわ立ててショートケーキを作ってくれた。最後にクリームのついた泡だて器をもらいぺろぺろとなめるのも楽しみのひとつ。夏はアイスクリーム。今でいうジェラートのような感じで作っていた。牛乳の味のするアイスクリーム。なつかしい。
 高校生になった頃、喫茶店で濃厚なソフトクリームの味を覚えると母の作る牛乳味のアイスクリームは野暮ったい感じがしてあまり喜ばなくなり母も作らなくなった。
 最近、新生酪農のアイスクリームを食べた時、なつかしい牛乳の味が母の味だと気がついた。さっぱりとしておいしい。舌に残る思い出は強烈。給食を食べない私のためにいつも栄養のあるおやつを作って待ってくれていた母の姿まで思い出す。(2010.12 M.K)


箱根に行ってきました

 久しぶりに友人と箱根に行ってきました。湘南バイパスも無料になり初めての箱根で混雑も覚悟で行きましたが、紅葉には早いせいか意外に道がすいていました。
 何かおいしいレストランがないか知り合いに聞いて行ったのが、イタリアンレストラン「アルベルゴ・バンブ−」でした。結婚式もできるレストランで雰囲気も良く、どれもおいしくいただきました。隠れ家のようで静かな時間が流れ毎日のあわただしさを忘れさせてくれるレストランでした。
 来週は久しぶりに実家に帰ってきます。なかなか親孝行のできない私、父を亡くし1年半、やっと元気を取り戻してきた母のために、また箱根に行こうかしら・・・。(2010.11 K)


猛暑の影響

 この夏の猛暑はいろいろなところに影響を与えているようです。先日、信州に行く機会がありました。猛暑の波は容赦なく信州にも襲っていました。日中は暑くても、朝晩が涼しいのが例年の夏だそうですが、今年は夜になっても気温が下がらず、急遽エアコンを購入した家庭が多かったとのこと。
 また、農作業の手順も狂っているそうです。稲の生育が早く、刈り獲りは1週間ほど早まり、9月上旬には始まっていました。一方、野菜の植付けは気温が下がるのを待たなければならないが、苗が大きくなりすぎては困るし、という頭を悩ます事態になっています。  
 つくづく自然を相手の農業の難しさを知りました。幸い台風9号による雨が恵みとなり、気温も下がったので、今ごろ農家の方は忙しい日々を送っていることでしょう。(2010.10 K)


出会いの大切さ、おもしろさ

 “あなたが来るのを私は楽しみにしているから、あなたも楽しんで来てね”って言ってくださる組合員がいる…。
 敬愛するその組合員I.Sさんのことをお知らせしたい。私が初めてお会いしたのは、消費材をお届けしているポイントワーカーが帰省中で代理としてポイント作業をした時。
 品格のある優しさと茶目っ気がなんとも素敵。そして“なにか”を感じさせるそのたたずまいにひとめぼれしてしまった。当時は70歳台後半。家も近いのでその後も街でお見かけしたがそのたびにその凛としたお姿に“片想い”していた(女性です)。
 数年経つうちにその方が「いのちの電話」の相談員をしていらしたことを知り、ぜひお話を聞きたいと思い、自分の所属するW.Coで“おはなしをきく会”を企画した。もう、うれしくてうれしくて…。で、その時のお話の中で今でも心に残っている言葉、「過去と他人は変えられないのよ」。
 では、変えられない他人と過ごすためには自分はどうしたら? 示唆に富むお話だった。いくつになっても落ち込んだり、またはしゃぎすぎたりと反省ばかりの毎日の中、その言葉を思い出しては一日を締めくくることが今でもしょっちゅうだ!
 私もポイントワーカーになっていつの間にか20年近く経ってしまったけれど、こんな出会いがあったからとてもラッキーだった。福祉クラブのワーカー人生後悔していません! 福祉クラブには2,500人以上のそれぞれの業種のワーカーがいるけれど、みんなみんなそれぞれの出会いを持っているのだろう。目には見えないけれど“地域で暮らす”って、こういうことの積み重ねなんだろうな。(2010.9 M)


ようやく実現、母との旅行

 実家の母はこの8月で85歳。父が亡くなってから13年余り、一人暮らしを元気に続けています。10年前には一緒に海外にも旅行しました。その後も何度も旅行に連れてってと言われてはいましたが、私の踏ん切りがつかずに希望を聞き流すことが続いておりました。今年の春になって体が弱ってきたせいか、もう来年は出掛けられなくなるかもしれないから今年こそと突きつけられ、重い腰を上げざるを得なくなりました。近間の箱根くらいでとの私の提案は退けられ、もう少し遠くへ行くことに。
 しょっちゅう会ってはいるものの、久しぶりに一緒に出掛けてみて、あらためて母が老いてきたことに気づかされました。歩く姿に老いって見えるものなのですね。ついこの間までは、段差などで私が手を出しても払いのけられたのに、今回は素直につかまってこられて、むしろびっくり。母のプライドと頼りたい気持ちの間の揺れを感じながらの旅となりました。
 翻って、私がワーカーとして高齢の組合員の方に接するときの姿勢は、もしかしたら手を出し過ぎていたかしら、いやいや、転んでからでは遅いしと、やはり迷うことばかりです。老いは誰にとっても初めての経験ばかり、「その年齢にならないと分からないことが多いのよ」と或る組合員さんに言われた言葉に納得。
 ワーカーとしても、娘としても、住みやすい福祉の街づくりの中身についての模索が続きます。(2010.8 M)


毎朝犬の散歩を楽しんでま〜す

 我が家のビーグル犬「ルイ」は7歳のメス犬、アイラインがばっちり入った、犬仲間の間では美犬と言われています。毎朝の散歩が唯一の楽しみとなっています。四季折々の季節に触れられるのもルイのおかげと感謝しています。ただ、困ったことに。自転車とすれ違うとき「ワンワン」と吠える癖があり、びっくりさせてしまいます。今のところ怒鳴られたことはないのですが、さぞかしびっくりされているのではと心痛めています。ごめんなさい・・・!(2010.7 K)


5月連休に田舎へ行ってきました

 中央道・長野道で南アルプス、北アルプスの山々を眺めて「朝早くだったらもっときれいだったろうねー」と話していた時は気がつかなかったけど、上信越道に入って馴染み深い山々が見えた時「山が白い! 雪がいっぱいある!」
「降雪量そのものはすごく多い冬じゃ無かったよね?」「もっと大雪の年だってこんなには無かったよね?」「3月位でも不思議じゃないよね!」と、!?な私と「今年の春は寒いって、おやじが言ってた」と夫。
 春の訪れを知らせる“はねうま”(山の雪形)はくっきりときれいだったし、いつもは育ちすぎて興ざめな水芭蕉もばっちり見頃だったし、山には桜も咲いて、寒い春も捨てたもんじゃない…?
 農作業ができなくて、暇ができた友人とお茶した時「田植えがチョット遅くなっても、昔はもっと遅かったから大丈夫!」と聞いたけど、ほんとにお米は大丈夫かな? 減反の休耕田を横目に見ながら、これからの天候が順調な事を祈らずにはいられませんでした。(2010.6 S・I )


玄関先のお付き合い

 世話焼きW.Coのメンバーである私は、自宅近辺の11人の組合員宅に週1回消費材を配達しています。20代の2児のお母さんから80代の一人住まいの男性の方まで、さまざまな年代の方と週1回のふれあいで、18年経ちました。その私ももう60代に突入し、いずれ配達が困難になってくる時期がやってきます。その時、「お疲れさまでした、今度は私が配達しますよ」と替われる体制を‥と頭に入れながら、ガラガラと音を立てて台車で配達しています。
 11人の中には18年来の組合員さんが5人います。人生を一緒に歩んでいることになりますが、普段は週1回の関係で、それ以上お互いの生活に踏み込むことはありません。
 私の実家にはまだ縁側があります。母が生きていた頃は近所付き合いは縁側が主役でした。近所のおばさんはカギがかかっていないガラス戸を勝手に開け座り込み、日がな一日お茶と季節の漬物で母と過ごしていました。今私は玄関先で消費材を配達しながら、世間話をして帰ります。
 こんな貴重な時間を人に譲らないで、いつまでも頑張ろうかな?
(2010.5)


転勤を楽しんじゃおー

 春は新たなスタートの時期ですが、我が家でも夫の転勤がありました。結婚してから家族で4回、単身で5回、荷造りは任せておいてっ!という感じです。今年の転勤はあと1年大丈夫と思っていたところに突然でびっくりでしたが、何とか無事引越しが終わり、ホッとしたところです。
 思えば子どもたちが小さいときは引越し先がどんなところか、準備は間に合うだろうか、具合が悪くならないようにとか心配しつつでしたが、今回は荷物が到着するまで温泉につかり、名所を見学したりと、ちょっとした小旅行気分で楽しんできました。夫の定年まで後1、2回は引越しがあるでしょうか。行ったことのないところへ行くことができることを感謝して転勤を楽しみにしています(彼は大変でしょうが…)。(2010.4)


1人の100歩ではなく100人の1歩

 2010年を迎え早、1年の6分の1が過ぎました。時の経つのは早いなぁ〜と感傷にふける間もなく3月に突入。
 3月は2009年度の活動の最終月です。1年前に立てた目標はどこまでできたかな?この1ヵ月にここまでは頑張りたい…来年はこんなことしたい…。そして、第5次5ヵ年計画に実現したい夢を描き、福祉クラブ20周年の記念企画やイベントを大ぜいの仲間とお祝いし、と頭も体もフル回転。
 そんな毎日に元気をもらえるのは春を伝える花や木々や風。そして、人との出会いです。今日も素敵な人と出会えました。この出会いを大切にして「1人の100歩ではなく100人の1歩」をこれからも心にとめて歩んでいきたいと思います。(2010.3 K)


夢は「箱根の山」で応援

 小さいころから運動音痴の私にとってスポーツは「する」ものではなく「観る」もの。この20年「観る」にはまり込んでいるのが「箱根駅伝」です。正月2日の往路は雑煮を食べながらTVで観戦、そして3日の復路は沿道での応援に出掛けます。
 応援する場所は中継所やゴール近くがベストポイントなのですが、熱心なファンが多くなかなか思い通りの場所に陣取りするのは難しいものです(私の応援スポットは横浜・鶴見・大手町とその年によってさまざまです)。陣取りをしたら数時間北風の中(時には小雪舞う中)、選手が来るのをひたすら待ちます。
 一番に応援したいのは娘の出身校なのですが、母校の襷をつなぐ若者が目の前を走り去る時、すべての若者に「がんばれー!」と身を乗り出し、大きな声援を送っています。どこが優勝するかより、ひた走る若者にエールを送っているのです。それは私だけでなく、寒さの中沿道で若者を待ち続けた人たちが、旗を振り一体になっています。ある意味不思議な光景にも思えますが、理屈ぬきの感動です。
 今の私のささやかな夢は箱根の山登り・山下りを沿道で直接応援すること。叶えられそうでなかなか実現しない夢です。(2010.2 W)


新年をことほぐ横浜港の汽笛

 大晦日を皆さんはどのように迎えるのでしょうか。
 一年の締めくくり12月31日は大掃除やら正月の準備やらで一日あわただしく過ぎていくことが多いと思います。我が家では大晦日に「お年取り」と言って一日早くおせち料理をいただきます。結婚して巣立っていった子どもたちもそれぞれの家族を連れて集まりますので、にぎやかに一年の締めくくりと新たな年明けを祝って手作りのおせち料理を囲み、祝杯をあげるのが習わしになっています。
 そして皆が帰って家の中も静まり大晦日から新年を迎えるとき、横浜港から船の汽笛が聞こえてきます。その瞬間を聞き逃さないように部屋の窓を開け耳をすまして待ちます。家が立ち並び聞こえてくる音が年々小さくなるので、もっと近くで汽笛を聞きたいからと港まで出かけたことがあります。
 みなとみらい地区から海に向かっては汽笛を聞きに集まる人の多いのにびっくりしましたが、港をうめて停泊している船から12時になるのを待って一斉に汽笛の音が響いてきた時は、体の奥までじーんときました。汽笛が新しい年を祝ってくれているようで見に来ている人たちの表情も明るく輝いて見えました。(2010.1 S)


四辻のこと

 おじいさん、おばさん(わたし)、女子小学生、バイクのイケメン、みんなの視線の先に、お腹の先が地面にこすれているのじゃないかと思うほど太った猫(かなりの美人)がとことこと青信号で横断している。
 たまたま通りかかった人たちと「行きましたね」と見交わした、なんともほのぼのとした数分だった情景が今も浮かぶ。(2009.12)


もう「クリスマス・お正月」の準備!

 我が家の庭は今、たますだれの白い花、つわぶきの黄色の花、ほととぎすの紫の花、名も知らない雑草の花等が咲き乱れて? にぎやかです。雑草がダントツに多いのですが・・・。
 雑草をにらみつつ、この時期はクリスマスと正月用品の申し込みに向けての供給活動が始まります。エ! もうお正月の話しですかと驚かれるでしょうが、世間一般でもおせちの注文だとか、お歳暮の申し込みを1ヶ月早めているとのニュースを聞きます。
 福祉クラブは安心・安全な食材を使用したおせちセット、添加物の入っていないかまぼこ、伊達巻等多くのお勧め消費材があります。組合員と開発したケーキなどもあり、この小さなコラムでは書ききれません。
 今年も病気をせずに頑張って来られました。感謝しながら供給活動をし、お正月の準備をしていきます。(やはりちょっと気が早いですかね。) インフルエンザには気をつけます。皆さんも手洗いとうがいを守り、元気にお正月を迎えてください。(2009.11 S)


次は何かな?

 最近必要に迫られてインターネットでメールを始めました。FAXでは事足りなくなったからです。私っていつも必要に迫られないと新しいことが始められません。W.Coの理事長になり習ったパソコン・50才になってから取ったオートマ限定運転免許証・必要を感じず何年も持たなかった携帯等。
 よく“年をとったから”“わたしには”、とか言いますが、実際にやってみないと分からないことって多いですよね。福祉クラブでの活動もそれに近いものがあります。どれをとっても、今の私にとってはなくてはならないものになっています!(2009.10 Y)


夏が来れば…

 毎年夏に田舎に帰ると、夫・娘・息子と座敷に布団を4つ並べて寝ている。こっちの生活ではありえないことだけれど、電気を消して4人で話をしながら寝るのも中々楽しい♪ ただ、いつも1番先に寝るのが夫でいびきをかき始める(-_-)zzz 子どもが小さい時は夏というと海に、プールに、キャンプにと出かけた頃を懐かしく想い出す。さすがにもう海は無理!水着が着れない(*^_^*)
 去年車の免許をとった子どもたち2人と、10年ぶり位に高速道路を運転した私、そして夫の4人で運転を交代しながら9時間半かかって帰って来た。これもなんともドキドキの車中だった。
 福祉クラブの夏休みが明けて、配達が始まった週は牛乳・たまご・豆腐・お肉等々「待ってました〜!」という感じ\(^o^)/(2009.9 O)


泊まりがけの旅行もOKだなんて!

 夏本番ですね。毎晩ビールを飲みながら、今年の夏はどこに行こうかと思案中です。旅行好きの我が家は、温泉、海、スキーなどと一年中家族4人で色々な所へ旅行していました。しかし、この数年間は子どもの受験などで、回数も減り寂しくなっていました。
 2年半前友人に、近くですが海外に一緒に旅行しないかと誘われました。まさか主婦の私が家を何泊か留守にできるなんて思ってもいなかったし、家族の許可も得られるとも思っていなかったのですが、案外家族みんなあっさりとOKしてくれました。荷物も準備も費用も一人分、なんて気楽な旅行かと、楽しさ倍増でした!
 その後、研修などもあり、一人で出かけることが多くなりました。今では「えー、またぁー!」と、言いながら、私が留守の時は、主人と娘2人で仲良く留守番を楽しんでいる様子です。(と、思いたい。)近々また出かけま〜す。(2009.8 Fより)


孫と絵本

 先日娘が孫息子(2歳半)を連れて泊りに来ました。3人で川の字になって横になり、私は昔、子どもたちに読んで聞かせたガ―スウイリアムスの絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」を読んであげました。「もう一回」とせがむので、次は娘に読んでもらいました。
 私は1ページ目でもう眠りに落ちましたが、孫は何度も何度も繰り返し読んでもらったようです。帰りには小さな手で大きな絵本を必死に抱えて帰って行きました。(2009.7「ばあば」より)


何でこんなに長く続いているのだろう?

 「今 おひま?」「うん!」と誘われて本当にかる〜い気持ちで参加した福祉クラブ。21年もたってしまった。食べることが大好きで、いろんな人と関わることが楽しくって、みんなで地域をつくることが面白くて「ふ〜んそうなのね」「なるほどそのとおり」「出来るかなぁ・・出来るよね!」なんて言いながら大勢の仲間が出来た。気になることがあるとのめり込む傾向があるけど、いったん飽きると二度と振り向かない私が何でこんなに長く続いているのだろう??(20年以上継続しているのは夫と福祉クラブだけかも!)
◆助けたり助けられたり(福祉クラブではおたがいさまのたすけあいって言いますね)の関係の心地よさかも
◆はじめましてからだんだん気心が知れていく過程のドキドキ感かも
◆みんなで頑張って結果が出たときの達成感かも
◆ここにいると1人じゃないって感じられることかも
◆頑張っている人がたくさんいるからかも
 まだまだありそう・・・なので、あと10年位はしつこく居ますので「え〜っなんて言わないでくださいね・・ハハハ・・☆(^_-)-☆(2009.06)


ホームページを通して、活動の共有ができれば

 年をとって桜の春が一番好きな季節になりました。最近私の中でインプットとアウトプットのバランスが崩れて少し砂漠状態になっていますが、桜の季節を満喫するとパワー補給になりますね。近所の一本桜、近所の山桜、近所の桜並木。近場ばかりですけれど、ソメイヨシノだけでなく大島桜、八重桜など色々な種類が咲くので長く楽しめます。
 福祉クラブのホームページがン年ぶりにリニューアルされました。口コミ、チラシだけでなく、もっと分かりやすい、見やすいホームページで福祉クラブをアピールしたい、とプロジェクトで検討を重ねた結果です。未完の部分もあり改良の余地はまだまだありますが、組合員のブログでどうぞご意見をお聞かせください。このホームページが、組合員の方はもちろん、その他アクセスしてくださる方々と福祉クラブの活動を共有するツールになればと望んでいます。(2009.5 副理事長)